
中国の民主化を求めた多くの若者たちが、共産党政権の武力弾圧によって尊い命を犠牲にした天安門事件から、6月4日で37年を迎えた。
毎年、この日に合わせ、中国の民主化を求める活動家や中国共産党政権による独裁・圧政を糾弾する人権団体などが追悼集会を開催。軍拡や人権抑圧を繰り返す中共に対抗するための連携を訴えている。
3日、参院議員会館で開かれた今年の追悼集会(主催・天安門事件記念実行委員会、王戴委員長)は、台風6号という最悪の天候に見舞われた。しかし予定通り行われ、国会議員やメディアのほか、ウイグルやチベットなど諸民族の人権団体や言論の自由を奪われた香港の関係者などが数多く参加した。
民主中国陣線日本代表の王氏は主催者を代表して「中国国内ではこの歴史事実について語ることすらタブーとされている」と説明。さらに自由の保障された日本の中でも、国政議論の場の中心にある議員会館で集会を開くことについて、「記憶の風化を狙う権力に対して、『私たちは覚えている』と示し続けることが、強力な抵抗のかたちとなる」と呼び掛けた。
風化を懸念する声は、天安門事件だけでなく中共政府の民族浄化政策に苦しむ諸民族の人権団体からも聞こえてきた。世界ウイグル会議のトゥルグンジャン・アラウドゥン総裁は、中国国内の人権問題について「数年間完全に遮断されていた通信や人の往来を、一部地域に限って緩めている。『何の問題もない』『みんな幸せに暮らしている』という芝居で国際社会をだまそうとしている」と言及した。
一方で、天安門事件を興味深い視点で読み解く指摘もあった。台湾淡江大学助教授の廖雨詩氏は、天安門広場で起きた悲劇を「中国だけの歴史でなく、台湾民主化の歴史とも深く結び付いている」と主張した。
天安門事件の翌年の1990年3月、台湾でも民主化を求める大規模な学生運動が発生した。廖氏は「李登輝総統(当時)は学生たちを敵と見なさず、彼らの声に耳を傾けた。その対話が憲法改正や総統の直接選挙など、台湾民主化の大きな転換点となった」と強調する。
政治のトップが対話を選ぶか、それとも武力を選ぶかで、中国と台湾の民主化への明暗が大きく分かれたというわけだ。
廖氏は「台湾の自由と民主主義は学生運動の成果であると同時に、天安門広場で自由を求めて立ち上がった学生たちの勇気と無関係ではない」と見解を示した。37年前に散っていった若者たちへの惜しみない賛辞と言えるだろう。
今回は、集会前に実施するはずだった中国大使館前での抗議活動やJR新宿駅前で企画された夜間のキャンドル集会も、台風のためすべて中止となった。
それでも、未来における中国の自由と民主主義が「天安門広場での勇気のおかげで訪れた」と言えるその日が来るまで、中国の民主化を求める灯を絶やさぬよう、日本政府やメディアにもできることはあるはずだ。さらなる悲劇を繰り返さないためにも、「忘れない」ことは大きな武器となるだろう。






