トップオピニオン記者の視点理解増進法から3年 「LGBT」本当に必要か

理解増進法から3年 「LGBT」本当に必要か

 「性秩序が乱れる」「性的少数者の人権守れ」と、家族政策における保守派とリベラル左派が論争を繰り広げた末、2023年6月23日、「LGBT理解増進法」が施行された。あれから3年になる。

 同法を巡っては、広島G7(先進7カ国)サミットを前に、エマニュエル米駐日大使(当時)の〝口先介入〟をはじめとした外圧に屈した形で、岸田文雄首相(当時)が推進したことは記憶に新しい。これによって、岸田氏はLGBT問題についての無知と、目指すべき国家ビジョンを欠くという、政治家としての致命的欠陥を露(あら)わにした。

 この問題を考える場合に重要なのは、日本が目指すべき国家ビジョンから必要かどうかを評価することだ。夫婦を核とした伝統的家族を中心に据えるのか、それとも「同性婚」を含め家族の多様化を認める社会に変えるのか。前者の場合、同法はビジョンを害することになる。一方、後者では、ビジョン実現を後押しするであろう。

 筆者は同法は「必要なし」と主張してきた。前者の立場を取るからだ。だからと言って、当事者が抱える困難を無視していいと言っているのではなく、その苦悩は法制化によって解決できるような問題ではないと考えているのだ。同法の施行後、マスコミがLGBTを取り上げる頻度がめっきり減ったことは、当事者の苦悩を表面的に捉えている証左ではないのか。

 同法の「附則抄」に、検討課題として施行後3年をめどに「法律の施行状況等を勘案し、検討が加えられ、その結果に基づいて必要な措置が講ぜられるものとする」とある。ならば今、LGBT法制化に対する反対・推進の両派は同法の見直しないし廃止を主張し、熱い議論を戦わすべきだと思うが、そんな声は聞こえてこない。

 同法の施行で生活に変化が起きたと感じる人は少ないかもしれない。しかし、間違いなく影響を与えている分野がある。司法と教育だ。

 大阪高裁(5月8日付)は、性自認が男女どちらにも当てはまらない「ノンバイナリー」が戸籍の記載を男女が分からないよう「子」などに改めることを求めた審判の抗告審で、現状の表示方法は理解増進法の基本理念に反するとした。「同性婚」を認めない現行制度は「違憲」(25年3月)とした名古屋高裁は、同法によって当事者保護が国の施策の基本理念となったことをその理由の一つに挙げた。

 法律に「性的指向」「ジェンダーアイデンティティ」(性自認)の概念が入った影響は大きい。反対派はこれらの文言の曖昧で拡大解釈されることに警鐘を鳴らしていた。

 学校教育への影響も深刻だ。教育委員会からの指示で小学1年生からLGBT教育を行う学校もあり、保護者を困惑させている。

 LGBT支援者の一部は、この状況をある程度歓迎しているだろう。しかし、3年前を思い返せば、リベラル・左派のメディアや学者らは、同法が当事者に対する「不当な差別はあってはならない」としながら罰則がないから実効性に乏しいと訴えていた。そればかりか、法律に定める措置の実施に当たっては「全ての国民が安心して生活することができることとなるよう、留意する」との留意条項には、当事者の権利制限を正当化することになる、と強い懸念を表明したのだ。

 当事者の苦悩は解決しなくても家族破壊を浸透させる理解増進法はやはり廃棄すべきなのである。

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