トップオピニオン記者の視点ヒマラヤ登山の現在 居酒屋のような場所に【記者の視点】

ヒマラヤ登山の現在 居酒屋のような場所に【記者の視点】

 看護師で登山家の渡邊直子さんは2024年10月、ヒマラヤ山脈のシシャパンマ8027メートルに登頂した。この登頂で渡邊さんはヒマラヤの8000メートル峰14座を全て制覇した初の日本人女性という記録を残した。

 この登山体験を記した著書『エベレストは居酒屋です』(講談社)が先月出版され、渡邊さんにとってヒマラヤがどんな存在なのか、興味深い出来事が紹介されている。

 それを象徴する言葉が題名に使われた「居酒屋」だ。ヒマラヤは過酷な場所で簡単には行けないと多くの日本人は考えている。が、渡邊さんにとってのヒマラヤは完全なる「息抜き」。日常生活から離れ、「素直な自分」に戻ることができる所。

 人と話すことが苦にならず、心が解きほぐれ、起きるハプニングも刺激的。圧倒的な風景を目にすれば悩みや不安も小さくなってくる所だ。

 つまり友人たちと居酒屋で一杯やるようなものだという。そんな居酒屋通いを、8000メートル峰で31回も続けていたら、14座登頂者になっていたというわけだ。

 14座制覇者は世界には80人以上。彼女の場合、看護師の給料で登り続け、記録にはほとんど興味がなかった。

 こうした登山を可能にしたのは現地旅行会社の存在だ。経験豊かなシェルパたちが旅行会社を次々と立ち上げ、競争も激しく、手厚いサポートをしてくれるので、8000メートル峰を目指せる環境が整っているという。

 ベースキャンプには世界中の登山家が集まり、カフェやバー、ディスコまである。宿泊用テントも驚くほど快適で、夕食メニューはスープからデザートで終わるフルコース。渡邊さんは別の遠征隊のキッチンに行ってコックたちと仲良くなり、世界中の料理を食べ歩いているそうだ。チップも忘れない。

 この愉快な体験記を読んで思い出したのは、日本人男性の最初の14座制覇者、竹内洋岳(ひろたか)さんのことだ。竹内さんが14座目を登ったのは12年5月で、ダウラギリの登頂。既に14座制覇者は世界に30人近くいて、珍しい存在ではなかったが、それまで日本からは出てこなかった。

 日本人から出てこなかったのは登山形式の問題によるもので、組織的な日本のやり方には無理があったようだ。竹内さんはまず大学山岳部で登山技術を学んだが、組織登山には限界があることを知る。

 マカルー(1995年)、エベレスト(96年)、K2(96年)と登頂した後、2001年から登山スタイルを変え、ドイツ人やオーストリア人の登山家とパートナーを組み、あるいは少人数の国際隊を組んだ。それは酸素やシェルパを使用せず、速攻登山で複数の8000メートル峰を継続するというアルペンスタイル。

 竹内さんはプロの登山家で旅行会社とは無縁。渡邊さんと基本的に異なっているところだ。渡邊さんはシシャパンマで「登れちゃった」とサポートしてくれた人たちに感謝。竹内さんは頂上に到達しても思いは「早く降りたい」で「頂上にいることが楽しいなんて思えない」。無酸素で登るのだから苦行そのもの。

 「登山を完成させる輪の中に、その苦しさをはるかに上回る魅力があふれている」

 2人には居酒屋の客と苦行者ほどの違いがある。これは時代の違いなのか。

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