
1990年代のバンコク特派員時代、エア・インディアには随分とお世話になった。エアチケットが格安だったし、しかも1年オープンと使い勝手が良かった。ただ機体はくたびれており「飛ぶ棺桶(かんおけ)」と皮肉られるのも仕方のない代物だった。
長かった社会主義政策のあおりを受け、エア・インディアはみんなそうした機体を使っているのだと当初、思っていた。
だが赴任した翌年、インドを訪問する機会があり、それが間違った思い込みであることを知った。デリーにあるインディラ・ガンディー国際空港には当時、エアバスの最先端機が多数あった。
ただ大きくて美しい最先端機はすべて西に機首を向けて飛び、東に向かうのは「棺桶」ばかりだった。
東に行く時は普段着でも、西にはおしゃれして出掛けるような違いがあった。インドという国の顔は、英国をはじめとした欧州や中東に向いているのだと飛行場で気付かされた。
インド半島を見ても、コルカタに代表される東海岸よりムンバイやアーメダバードなど西海岸の方が発展している。
それでも2014年から始まったモディ政権は「アクト・イースト」政策を取り、東南アジアや東アジアに対し積極外交に動くとともに経済連携強化などを図ろうとしている。
8月末に日本を訪問したモディ首相が石破茂首相と日印関係強化の共同宣言や共同声明を発表したのも、そうしたインド版東方政策に基づいたものだ。両首脳は今後5年間で人工知能(AI)分野など高度人材を含む50万人以上の交流を実現し、両国経済の活性化を目指す方針も打ち出した。
インドの顔を東に向けさせるようになったのは、非同盟主義という名のバランス外交もあろうが、日本や台湾、東南アジアにおける製造業が放つ磁場の強さがある。
インドの国内総生産(GDP)は今年度中にも日本を抜く見込みだ。そうすれば、米中独に次ぐ世界第4位の経済大国に浮上する。だが、1人当たりのGDPは約2500㌦とバングラデシュよりも低い。高成長を続けるインドながら、牽引(けんいん)役は専らサービス業だ。サービス業は多くの雇用を吸収できるものの、国民の所得を十分に増やすだけの「付加価値」を生み出すことが難しい分野だ。インドが恒久的な高度成長を遂げるためには、高い付加価値を生み出すことができる製造業の発展がカギとなる。
わが国は、技術の供与と共に資本を投下することで東アジアや東南アジアの製造業を発展させてきた実績がある。まず韓国や台湾が発展し、さらにタイなどの東南アジアが発展するという雁行(がんこう)形態型で経済発展の移転が行われたのだ。
覇権主義的な中国の海洋進出の舞台であるインド太平洋地域において、インドの動向は安定のカギを握る。米国に対抗した世界秩序を長期的にもくろむ中露が、そのインド取り込みに動きだしている。
わが国は知恵を絞って、インドとの絆を太く確かなものにする必要がある。問われているのは長期的展望に基づいた外交設計力だ。
(元バンコク特派員)






