今年は終戦80年の節目とあって、この歴史的な大事件を顧みる催しも多い。
筆者の住む東京都三鷹市では市役所のホールを会場に「地中に埋もれていた戦争展」が開催され、爆弾投下の地図などから、80年前の凄(すさ)まじい被害の様子が示された。
終戦を回顧する際、もう一つ、思い起こさなければならないことがある。敗戦を契機になされた、当時の人々の、近代日本の歩んだ道への深い反省と悔い改めの思いだ。
昭和22年から比叡山で千日回峰行を始めた僧侶の葉上照澄は、それまでドイツ語を教える大学教師であり、地方紙の論説委員だった。敗戦を迎えると、記者として、降伏文書が交わされるミズーリ号に乗り込んだ。連合国軍最高司令官のマッカーサーに体当たりして、海に放り出そうと考えていたそうだ。
だが現れたマッカーサーは淡々としていて勝者の驕(おご)りもなく、その姿に「敗れた」と悟り、「一から出直し、若い日本人の作り直しをせにゃあかん」と決意したという。
新しい国を築くために反省は不可欠だった。それを表現した名著として思い浮かぶのは、仏教学者・中村元の『日本人の思惟方法』、禅の大家・鈴木大拙の『霊性的日本の建設』などだ。
いずれも戦争のことには直接的に触れていないが、その反省の中から日本人の本質に迫り、新しい国をつくるための精神的基盤を見いだそうとしていたことは間違いがない。
『日本人の思惟方法』は、仏教という外国文化をどのように受容したのか、その形態を手掛かりに、日本人の思惟の特徴を描き出した労作。思惟の基本となるものは、環境、あるいは現象世界をそのまま絶対視し、現象を離れた境地に絶対者を認めようとする立場を拒否する傾向がある、ということだった。
日本仏教史は自然の欲望や感情をそのまま承認し、飲酒や女犯など、戒律をほとんど全面的に放棄してしまったという。こういう民族は東洋に他には存在しない。
さらに、ここから、日本人は普遍的な理法を無視する傾向に走りやすく、代わりに、自分の所属する人間結合組織の状況が善悪の決定基準になってしまうという。
これら思惟の特徴は、確かに、戦争に至った内的論理と関係していた。現代の政治社会もこの欠陥から逃れられていないのではないのか。
大拙は『霊性的日本の建設』を論じるに当たって、仏教でいう悪魔について、戦争と関連させて論じた。「自分は世に隠れもない魔王である」という宣言からこの書は始まる。「自分即ち魔王の本性は力だ。力が向ふ見ずに、自由自在に躍動するところには、かならず自分がいる。人間世界は自分の仕事場に外ならぬのである」
世界大戦は自分の仕掛けたもので、阿鼻(あび)叫喚の地獄に人間は驚いたが、人間の無意識に秘めていたものが外面に現れたにすぎないという。人間は虚偽の塊で、恨みと驕りは魔王の支配下にあるもの。そして力は知的反省や道徳的躊躇(ちゅうちょ)を許さない。
魔王の敵は、霊性的自覚から生まれる大悲であるともいう。大悲とは英語で「ラヴ(愛)」「コンパッション(憐情〈れんじょう〉)」のこと。「日本の政治が大悲に裏付けられるとき自分は敗北する」と魔王は語る。今の政治指導者らは、どうであろうか……。
(客員論説委員)






