編集委員 森田清策
SNSをウオッチしていると、よく「犬笛」という言葉を見掛ける。犬にしか聞こえない音を発する笛のことで、犬などの訓練に用いられる。ここから、暗号のような表現を使って特定の個人・団体が非難すべき対象であることを暗に示し、それらに対する排斥・攻撃を間接的に促すことを「犬笛を吹く」という。そして排斥されるべき対象であると印象付けることを「悪魔化」と呼ぶ。
例えば、斎藤元彦兵庫県知事のパワハラ疑惑報道に端を発し激化した同氏擁護派と反斎藤派の対立では、オールドメディア(新聞・テレビなど)が反斎藤派に犬笛を吹いて斎藤氏攻撃を煽(あお)っている。逆に、同氏擁護派が犬笛を吹いて反斎藤派を悪魔化し攻撃をけしかけている、というような図式化がネット上に溢(あふ)れた。
意図的に犬笛を吹く場合もあれば、何気ない発言がネット上に流れ結果的に犬笛になることもある。最近、記者会見における質問側の発言が問題となったケースが幾つかあった。
一つは、地域政党「再生の道」の石丸伸二代表の会見(3月14日)。同氏は、広島県安芸高田市長時代、議会で居眠りする市議が存在することで発した「恥を知れ! 恥を!」のフレーズで知られる。その後、批判の対象となった市議が急死したのに続き、その妻が自死するという悲劇が起きた。
これに関連し、ある新聞記者が「直接誹謗(ひぼう)中傷を石丸氏から受けなくても、支持・支援者が攻撃的な電話をしたことが市議や妻を苦しめたのかなと思う」と発言した。これに対し、石丸氏は「今の発言こそが大問題」と声を強めた。なぜなら、支援者が攻撃したという臆測を事実に混ぜて語ったからで、その発言こそが誹謗中傷だと訴えた。記者は「支持者という言葉は取り消す」と訂正したが、石丸氏が明確に臆測だと否定しなければ、その臆測が事実としてネットで拡散し、犬笛となって石丸氏の支持者に対する反石丸派からの誹謗中傷が激化した恐れがあった。
東京地裁が宗教法人世界平和統一家庭連合(家庭連合、旧統一教会)の解散を命じる決定を下した後に行われた家庭連合側の記者会見(3月25日)でも、記者から同じような発言が出た。
田中富広会長に対して、ある記者が「教団を批判している元2世に対して、誹謗中傷と受け取られかねない批判がネット上にあるが、脱会者への誹謗中傷がもしあるとすれば、会長はどう考えているか。信者がやっていることが考えられるが」と、事実に臆測を加えて質問した。
石丸氏と同じく、聞き捨てならぬと思ったのだろう。田中氏が「信者が脱会者を誹謗中傷しているということか」と問いただすと、記者は「信者がやっているかどうかは分からない」と釈明した。それなら誹謗中傷と信者を結び付けた質問は行うべきでなかった。記者の意図に関わりなく、その臆測発言が犬笛となって、悪魔化された信者への誹謗中傷を誘発してしまうからだ。
家庭連合の会見では、信者が誹謗中傷していると断定していないとの言い訳があるかもしれない。しかし、記者が自分の発言が犬笛となりかねないこと、そして誹謗中傷と無関係の信者を傷つけることを自覚していれば、いらざる臆測発言はしなかっただろう。