編集委員 池永 達夫
ミャンマー軍事政権トップのミン・アウン・フライン総司令官は4日、新年の談話で「選挙実施の意思」を改めて述べた。具体的な日程は明示しなかったものの、連邦選挙管理委員会は昨年8月、2025年11月に総選挙を実施すると発表している。
その総選挙の下準備として軍事政権は昨年10月、有権者名簿の作成を目的に国勢調査を実施した。
軍事政権が22年にも実施しようとしながら失敗した国勢調査に執着するのは、4年前のクーデターで民主化指導者アウン・サン・スー・チー氏率いる国民民主連盟(NLD)を政権から追い落とした際、20年の総選挙で「二重投票」などの不正が1000万件以上あったと批判してきた経緯があるからだ。国勢調査を経て有権者名簿を作り、次の選挙の「公平性」をアピールしたい思惑がある。
ただ、ミャンマー各地では民主派の武装組織「国民防衛隊(PDF)」や少数民族武装勢力による激しい抵抗が続いており、国軍が全土を実質管理できているわけではない。昨年12月31日に発表された国勢調査暫定結果では、総人口約5132万人のうち戸別訪問で確認できたのは約3219万人で、残りの約1913万人は推計値だという。ざっくりいうと総人口の6割を確認しただけで4割は未確認ということになる。
こうした状況下で総選挙を実施するといっても、投票箱すら置けない広大な地域が西部や国境周辺部にあり国政選挙とは名ばかりという現実がある。
それでも軍事政権が強行しようとするのは、二つの理由からだ。一つは、21年2月1日のクーデターから4年がたとうとしている時間的制約だ。軍とすればクーデターはあくまでNLDの「不正選挙」に対する憲法に基づいた軍権の行使であり、いつまでも半年ごとの非常事態宣言延長で軍事政権を維持延命させるわけにはいかない。
もう一つの理由は国際的孤立を余儀なくされる中、軍事政権の後ろ盾となっている中国が総選挙の早期実施を迫ってきているからだ。
中国は自国を後ろ盾にした軍事独裁政権ではなく、国際社会からも受け入れられた国家としての体裁が欲しい。少なくともクーデター政権ゆえに東南アジア諸国連合(ASEAN)からも排除されるようなミャンマーであっては、中国の一帯一路を通じたユーラシア大陸の取り込みに支障が生じることを懸念している。何より中国がいら立っているのは、国境都市ムセから旧都マンダレーに通じるシャン州のラショーを反政府組織のミャンマー民族民主同盟軍(MNDAA)に押さえられたことで中国からの輸出品や物流が滞っていることだ。
このままいけば2月1日に次の半年間にわたる非常事態宣言延長はあっても、8月1日の延長はない。ミャンマーの憲法は宣言の解除後、半年以内の総選挙実施を定めている。だが拙速選挙というのは大抵、うまくいかない。1000万件以上の不正投票を批判した軍事政権は、国勢調査で確認できなかった約1913万人に足をすくわれる可能性がある。