【記者の視点】人工知能と人間の脳

編集委員 太田 和宏

人間の脳と人工知能(AI)の記憶を比較・対決させると、断然AIが勝つ、と思う人が多い。AIは答えの定かではない問題に対しても、なにがしかの答えを提示してくれる。例えば、無機質な前衛音楽を聞かせ、これに対応する絵を描きなさいという難題を出しても、それなりの絵を描いてくれる。画家に前衛音楽を聴いてもらうと「こんなの、イメージも湧かない、絵にならない」と”拒否権発動”となってしまう。

人間の脳は目、耳、触覚などから入ってくる情報を、一時記憶、長期記憶と脳の記憶部署を移動させながら、必要に応じて記憶を引き出し、出力するたびに、定着していく。必要ないものは記憶から削除していく。AIは基本、あらゆる情報を収集して、人間からの質問や要望に応えるものを出力する。発展途上にあり、記憶の容量、解析のスピードはもっと早くなると思われる。

Google DeepMindによって開発されたコンピューター囲碁プログラムのアルファ碁(AlphaGo)は人間よりかなり強い。人間のトップレベルの棋士に勝つのは相当先と思われていたが、基礎から初めて、3カ月という短期間に生涯対局4千局の李(イ)世●(「石」の下に「乙」)(セドル)棋士を破った。

3カ月の間にどれくらい練習したかというと、スーパーコンピューターを3カ月フル稼働して、電気代2億円をかけて、1千万局の対戦をさせた。初手から碁盤いっぱいになるまで手合わせすると3億手以上になると言われる。AIは、すべての対局の場面を記憶するのではなく、局面ごとの最善の手を考えるのだそうだ。

だが、世界最高位の棋士である李世●棋士に勝ったからといって、歓喜の喜びに浸っている研究者はいない。人間には理解できないような華麗な一手を打って勝利を得たとしても、得意分野が違うので、時間をかけて訓練すれば、勝つことは当然なこと、自慢でも何でもないと思っているのだという。

AIから見ると、碁会所などで“ヘボ同士”の手合わせは「なんだ、囲碁にもなっていない。やめた方がいい」というレベルであっても、同じくらいのレベル同士で対面で打ち、楽しんでいる。楽しむ力はAIには無い。「AIをつくった技術者も、AI自身も対局を楽しんでいない」(AI専門家)という。人間は“ヘボ”でもやめない。「学び、対局することを楽しむ」「下手であっても楽しくやる」のだという。

AIは、与えられた写真データと突き合わせ、不審人物かどうかを判断する能力には長(た)けている。挙動不審者を逮捕する入国管理官、パトカーで警邏(けいら)中の警察官が違法薬物所持者に職務質問をする、などの長い経験に裏打ちされた勘というものを発揮できるレベルにはない。

人間が考えることを放棄して、何でもAIに任せるというのは危険である。いろんな偽情報が含まれたり、著作権を侵害してしまうこともあり得る。知らず知らずのうちに、人種差別に巻き込まれたりすることもある。人間はAIに送る設問や課題にも細心の注意が必要だ。AIの出した答えを判定する慧眼(けいがん)も必要になる。使い熟(こな)すには、もっと学び、研究する必要に迫られる。

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