編集委員 早川 俊行
米国が「分断社会」になってしまった原因はどこにあるのか。この問いに「大学」と答える保守派の識者が少なくない。大学といえば、社会の問題を解決する役割を担っているはずだが、一体どういうことなのか。
「かつては先進社会を支える不可欠な存在であったアカデミアが、今や重要な臓器に転移するがんと化した」
米国の大学を「がん」と呼んで痛烈に批判するのは、カリフォルニア大学サンタクルーズ校のジョン・エリス名誉教授だ。ウォール・ストリート・ジャーナル紙に掲載されたエリス氏の論考によれば、子供の学力低下や犯罪の増加、不法移民の流入など、米社会を悩ます諸問題を突き詰めると、原点はすべて左翼イデオロギーに染まった大学に辿(たど)り着くというのだ。
例えば、米国の都市部は近年、犯罪者に甘い対応を取り、凶悪犯罪の急増を招いたが、その背景には、犯罪者を加害者ではなく社会の被害者と捉える思想が大学から広がった影響があるという。不法移民の流入も、主権国家や国境を時代遅れのものと見なすグローバリズムを信奉する左派学者の影響が大きい。
北朝鮮を命からがら脱出し、現在は米国在住の人権活動家パク・ヨンミさんは、昨年出版した著書で、名門コロンビア大学に通っていた時を「暗黒時代のように感じられた」と記している。大学ではまるで北朝鮮の学校かと思うような反米プロパガンダが教え込まれ、左翼イデオロギーに反する意見は教員にことごとく否定されたという。
世界最悪の抑圧国家の出身者さえも幻滅させた事実は、米国の大学の劣化を明確に物語るものだ。このような大学で教育を受けた者たちが現在、政治、行政、司法、経済、メディアなど、あらゆる分野で指導的地位を担っているのだから、米社会が混乱するのは必然とも言える。
米保守派団体「繁栄を拓(ひら)く委員会」が実施した世論調査によると、政府と個人の関係について、庶民の57%が「政府の管理が過剰」と答えたのに対し、名門大学卒業生は55%が「個人の自由が過剰」と回答した。庶民は肥大化した政府が個人の自由を侵害していることに不満を強めているが、エリート層は逆に、政府による国民生活の管理強化という社会主義的な考え方に傾斜していることが分かった。
11月の大統領選で共和党のトランプ前大統領が草の根有権者から熱烈な支持を集めているが、トランプ氏に否定的な日本の大手メディアは、その背景をほとんど伝えていない。米国の庶民は、一般常識と乖離(かいり)したエリート層がリベラルな価値観を押し付け、古き良き米国を破壊していることに怒り、それがトランプ氏支持につながっているのだ。
欧米の名門大学にはかつて、「ノブレス・オブリージュ(身分の高い者には果たすべき社会的責任と義務が伴うという考え方)」の精神を備えたエリート層を輩出する役割があった。だが、大学と共にエリート層の劣化も進み、これが米国社会に分断と混乱をもたらす大きな要因になっている。