編集委員 早川 俊行
5月6日付の本欄で、シー・ヴァン・フリートさんという米国在住の中国人女性について取り上げた。米社会にマルクス主義が急速に浸透していることへの危機感から、地元教育委員会の公聴会で「米国版文化大革命」が進行中だと訴えて注目を集めた主婦である。
中国で毛沢東の文化大革命を生き延びた実体験に基づくシーさんの指摘は説得力があり、米国の草の根保守層から幅広い共感を得ている。一般の主婦の立場から一躍保守派の論客となったシーさんにオンラインでインタビューし、その内容は月刊誌「WiLL」8月号に掲載された。
文革時代の中国と現代米国の共通点として、シーさんがはっきり指摘したのは、マルクス主義の革命戦略に基づいて国民が「分断」されていることだ。中国では経済的な階級によって分断がもたらされたが、米国では人種や性別、性的指向などのアイデンティティーによって分断され、抑圧者対犠牲者の対立構造がもたらされている。
過激化するLGBT(性的少数者)運動もその一環であり、米国が日本にLGBTイデオロギーを押し付けるのは「日本の伝統文化を破壊して分断を生み、その他のマルクス主義アジェンダを引き込むこと」だと、シーさんは言い切った。
実際、自民党政権がLGBT理解増進法を成立させたことで、同党の支持基盤である保守層が激しく反発するという今までにない対立構図が生まれている。日本も米国と同じように、社会の分断を目論(もくろ)むマルクス主義者たちの術中にはまってしまった感を受ける。
筆者は12年間のワシントン特派員時代に米国のLGBT運動をウオッチし続けたが、そこで目の当たりにしたのは、分断は決して収拾することはなく、常に悪化を続けるということだ。米国の国論を二分した同性婚論争は2015年に連邦最高裁が同性婚を全米で認める形で決着したものの、今度はトランスジェンダーをめぐる対立がさらに深刻な社会の混乱を生み出している。
最近は「トランス」の概念が性別だけでなく人種や年齢にまで拡大し、白人が自分を黒人と自認したり、大人が自分の年齢を6歳と自認したりする動きまで出ている。「『トランス』は、アイデンティティーで抑圧される人々を無限に増やす最新ツール」になっていると、シーさんは言う。新たな権利を求める運動は次から次へと生まれ、対立構造が作られていくのだ。
米国でも連邦レベルで性的指向・性自認に基づく差別を禁じる法案が提出されているが、共和党・保守派の抵抗で成立する見通しはない。日本は法律の面では、米国よりも一歩先に進んでしまったとも言える。
作家・ジャーナリストの門田隆将氏はWiLL8月号で、岸田文雄首相が「地獄の釜の蓋」を開けたと論評した。日本社会も米国のように分断・対立・混乱の無限ループに陥る可能性が高く、門田氏の痛烈な指摘はこれ以上ない的確な描写と言えるだろう。