【記者の視点】過去最悪の梅毒 「多様な性」のジレンマ映し出す

編集委員 森田 清策

「社会を映す鏡」という言葉がある。よく言われるのは「子供は社会の鏡」だ。子供は、良くも悪くも社会や大人の現状を映し出しているというわけだ。同じような意味で「犯罪は社会を映す鏡」とも言われる。今回は「性病は社会を映す鏡」という観点から、梅毒の急増を考えてみたい。

「梅毒トレポネーマ」を病原体とする梅毒は、性行為以外の感染経路はないことから性感染症(STD)の代表と言われている。そして、この病原体は、抗菌薬で治療しない限り体内に残るというのだから厄介な代物だ。保菌者が感染に気付かずに性行為を行えば、30~40%という高い確率で相手に感染させてしまうと警告する専門家もいる。

新型コロナのパンデミックで「濃厚接触」への注意が払われるようになったが、梅毒を感染させる濃厚接触は性行為だけということになる。つまり、乱れた性関係を結ばなければ、感染を恐れる必要はない。逆に、社会の性道徳が乱れれば感染者が増えるから、梅毒は「社会の性の乱れの鏡」でもある。

梅毒は早期に診断されれば、治療は比較的容易だが、治療せずに放置すると、内臓に重篤な障害を起こすほか、神経梅毒(中枢神経の病変)などを発症し、後遺症が残ることもある。その上、妊婦が感染すると、赤ちゃんに先天異常が生じることもある。乱れた性行為という大人の思慮を欠いた行為が無垢(むく)の赤ちゃんにも及ぶのだから、「個人の倫理観の問題」と言って済ますのではなく、社会全体で対応すべき問題という認識が必要であろう。

梅毒発生の報告制度が始まったのは終戦直後の1948年。67年には1万1000人の報告があったが、90年代は年間500人程度にまで減っていた。このため、一般的には「昔の病気」のイメージだった。

99年に制度が変わったため、一概には比較できないが、2011年ごろから上昇に転じ、13年から急増し始める。そして、昨年は過去最悪の7983人と、10年前の約13倍強。増加の勢いはさらに増し、今年は9月初めの時点で8100人を超え、2年連続で過去最多を更新した。今のペースで増加すると、年間1万人を超えるのは間違いない。つまり、社会の性の乱れは非常事態に陥っているのだが、政府もマスコミも危機感の発信が乏しく、この先、この性感染症がどこまで増えるのか分からない。

梅毒の急増が映し出す社会変化の一つに、男性間の性的接触の増加がある。最近の梅毒の感染経路を見ると、10~40代の男性同性間の性的接触が多くなっている。これは日本だけでなく欧米先進国に共通する現象だ。日本の梅毒患者の7割近くは男性だが、これまでだったら、性風俗店における感染拡大がその要因と考えられただろう。

確かに、それも一因には違いないが、加えて「出会い系アプリ」を使った不特定多数との性行為が増えていることも梅毒を急増させているようだ。男性同士だと、梅毒予防に効果があると言われているコンドームを使用しない行為が多いので、必然、男性間の性的接触による感染が増えるというわけだ。

ならば、政府もマスコミも男性間の性的接触に警鐘を鳴らすべきなのだが、「多様な性」を唱えてきた手前、「危ないよ」とは言いづらいし、「ゲイ差別だ」と糾弾されるのも怖い。梅毒の急増は性の多様性のジレンマも映し出している。

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