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編集委員 早川 俊行
安倍晋三元首相は世界でどのような評価を受けていたのだろうか。海外識者の声を直接聞きたいと思い、先月中旬、急きょ韓国ソウルに飛んだ。そこで国際会議に参加していたトランプ前米政権の高官2人にインタビューすることができた。
一人は、トランプ前大統領の右腕として米外交を指揮したマイク・ポンペオ前国務長官だ。2020年に習近平・中国国家主席を名指しで非難する鮮烈な対中政策演説を行ったことは日本でも大きな注目を集めた。
そのポンペオ氏に安倍氏が残した功績について尋ねると、少し意外な回答が返ってきた。
「安倍氏は『自由で開かれたインド太平洋』構想を世界に対してだけでなく、自国民に対しても語った。政治指導者にとって、これは最も困難なことだ。どの指導者にとっても、軍事力を強化するより、橋を建設したり、国民に医療を提供したりすると訴えた方がいい」
外交・安全保障問題は選挙で票になりにくいのは万国共通。政権維持を最優先するなら公共事業や福祉政策の拡充を訴えた方がいい。だが、安倍氏は外交ビジョンを堂々と掲げ、国民の理解を得たことをポンペオ氏は真っ先に評価したのである。
ポンペオ氏は24年大統領選の共和党候補の一人として名前が挙がる。自国民に外交・安保問題を訴える難しさを肌身で知るからこそ、こうした評価が出てくるのだろう。
その上で、ポンペオ氏は「今の日本の指導者も太平洋の安全保障秩序における日本の地位を考え、この構想を引き継いでくれることを祈っている。安倍氏も間違いなくそれを望んでいるだろう」と述べた。これは岸田政権に「安倍外交」の継続を要望したものだが、中国に対し融和的な方向に進まないよう釘(くぎ)を刺したようにも聞こえた。
もう一人は、トランプ前政権で駐韓大使を務めたハリー・ハリス氏だ。神奈川県横須賀市生まれの同氏は、日系人として初めて米海軍大将にまで上り詰めた人物である。

ハリス氏に安倍氏との個人的な思い出を尋ねると、スマホを取り出し写真を見せてくれた。16年にハワイ・真珠湾を訪れた安倍氏がアリゾナ記念館で、当時のオバマ大統領やハリス氏らと共に黙祷(もくとう)を捧(ささ)げている場面だった。父親を米国人、母親を日本人に持つハリス氏がこの時、アジア太平洋軍のトップとして真珠湾を訪れた日本の首相を出迎えていたことは感慨深い。
ハリス氏は、安倍氏の外交ビジョンがバイデン政権にも影響を与えていると指摘し、「それにより、日米両国はインド太平洋地域における機会、挑戦、脅威を同じ形で捉えている。だからこそ、安倍氏はこれほどまでに惜しまれるのだ」と語った。
日米両国で政権が変わっても根幹となる外交ビジョンが共有されているのは、安倍氏の構想により日米間に共通基盤が構築されたからだというのだ。これは安倍氏が日米同盟に残したレガシーと言っていいだろう。
日本国内の反安倍勢力は、国葬を問題視することで安倍氏のレガシーまで否定しようとしている。だが、米外交を最前線で取り仕切った2人の元米高官から寄せられた最大級の賛辞は、安倍氏が外交・安保分野で日本の首相としては前例のない指導力を発揮したことを明確に物語っている。