トップオピニオン記者の視点中国外務次官・楽氏の更迭 米中首脳会談への撒き餌か

中国外務次官・楽氏の更迭 米中首脳会談への撒き餌か

編集委員 池永 達夫

渤海湾に面した中国河北省の保養地・北戴河で7月1日から、米電気自動車(EV)大手テスラの車両の進入が2カ月以上禁止されるという。

北戴河では毎年8月、中国共産党の現役指導部と長老が集まり、話し合いが行われる。これは水泳好きの毛沢東が夏になると避暑をかねて北戴河に逗留(とうりゅう)し、そこで党幹部らと懇談したことが起源とされ、俗に「北戴河会議」と呼ばれる。

ただ会議といっても参加者が一堂に会することはなく、おのおの思い思いに意中の人を訪ねたり、小グループで会合を持ったりしてコンセンサスをつくり上げていく。結果が公表されることはないが、秋以降に行われる人事や政策の骨格を決めるものとされる。

その「北戴河会議」の安全を担保するため、要人が北戴河を訪ねる前から交通管制が敷かれ、一般車両の北戴河への侵入は禁止される。ただ、その開始時期はこれまで「北戴河会議」参加者が到着し始める1週間前ごろだった。

それが今年は、1カ月以上も前からテスラ車両の進入が禁止されるという。標的になったのは、テスラに搭載されたカメラの可能性が高い。

路傍に置かれたテスラのカメラが、要人の移動を即座に把握できるからだ。その意味では、テスラを名指しで進入禁止処分にしたのは、要人の安全担保というより情報の漏洩(ろうえい)を阻止するための情報統制的意味合いが強い。

今秋には5年に1度開催される党大会が控え、3期続投を狙う習近平総書記にとって北戴河での失態は許されない最期の関門となるだけに慎重に事を進めているもようだ。

なお人事に関し、中南海ウオッチャーを騒がせているのが今月14日の、筆頭外務次官・楽玉成氏の更迭劇だ。楽氏は誰もが認める親ロシア派で、王毅外相の後を継ぐ次期外相の最有力候補だった。異動先は畑違いの広報部門、国家ラジオテレビ総局の副局長だ。閣僚級の楽氏にしてみれば降格人事以外の何物でもなく、体よく外交部門から放逐された格好だ。

専門家筋では、この人事を経済と対欧米外交を重視する李克強首相グループが、習近平国家主席の「親露外交」を骨抜きにしようと動いたものと見る向きがある。

北京冬季オリンピック開催を前にした2月4日の中露首脳会談後、そのお膳立てをした楽氏は「中露関係に天井はない。永遠に上り続け、終着点はなく、ただ(途中にエネルギー充填(じゅうてん)の)給油所があるだけだ」と高揚気味のコメントを述べている。

その20日後、ロシア軍はウクライナに侵攻し、国際的孤立を余儀なくされた。ロシア通を自任するならウクライナ侵略の意図を見抜き、こっそり習氏に耳打ちすべきだった。

59歳の若手ホープだった楽氏失墜をどう見るかだが、共産党内部の権力闘争を否定はしないものの、習近平氏自身が「泣いて馬謖(ばしょく)を切った」懸念が残る。

何のためにかというと、対米交渉に向けた「犠牲の燔祭(はんさい)」だ。電話による米中首脳会談を視野に入れているバイデン米大統領を中国に引き寄せ、トランプ前大統領が科した制裁関税の引き下げを図ることで、低迷する中国経済にカンフル剤を打ちたいのだ。

そのための撒(ま)き餌の一つが、楽氏カードだったのでは、というのが記者の見立てだ。

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