《 記 者 の 視 点 》
戦争を招き寄せた「弱さ」
ロシアがウクライナからクリミア半島を併合したのは、オバマ米政権時代の2014年のこと。今回のウクライナ侵攻はバイデン政権下で起きた。だが、トランプ政権時には、ロシアは暴挙に出ていない。これはただの偶然だろうか。
「私が大統領であれば、この恐ろしい大惨事は起きていない」。トランプ前大統領は先月末、フロリダ州での演説で豪語した。相変わらずの「トランプ節」だが、実は米国民の多くが同じように思っているのだ。ハーバード大・ハリス社の世論調査で、トランプ氏が大統領だったらロシアのプーチン大統領はウクライナに侵攻していないと答えた人が62%に上った。
何をするか分からないトランプ氏と比べ、バイデン氏は「弱い指導者」と映ったことが、プーチン氏を侵攻に走らせる一因になったことは間違いない。
では、プーチン氏はどこからバイデン氏の弱さを感じ取ったのか。大混乱をもたらしたアフガニスタンからの米軍撤退や国防費の実質的な削減はもちろんそうだが、バイデン政権の国内政策も「弱い米国」を印象付けた可能性が高い。
米国は石油・天然ガスの生産を規制緩和で加速させたトランプ政権時代に、念願のエネルギー自立を実現した。ところが、バイデン政権は化石燃料を敵視する政策を次々に打ち出し、エネルギー面の優位性を自ら投げ捨てた。「キーストーンXLパイプライン」の建設許可取り消しもその中の一つだが、完成すれば、ロシアからの輸入量を上回る原油をカナダから運び込めるにもかかわらずだ。
また、バイデン政権の発足以来、大量の不法移民が流入している。南部国境で昨年拘束された不法移民は約190万人に上った。米史上最悪の「国境危機」に直面しながら、必要な措置を講じようとしないバイデン政権の姿勢が、さらなる不法移民を呼び寄せているのだ。
プーチン氏が「自分の国境を守らない者が他人の国境を守るはずがない」と受け止めたとしても、決して不思議ではない。われわれ日本人も、尖閣諸島の防衛に関して、自国の国境を放置するバイデン政権のコミットメントを当然視するのは危険である。
リベラルな価値観を絶対視するポリティカル・コレクトネス(政治的正当性)が米社会に蔓延(まんえん)しているが、米軍も例外ではない。陸軍は昨年、レズビアンカップルに育てられた女性兵士のエピソードを紹介する「同性婚アニメ」を制作した。多様な背景を持つ新兵を募集することを意図したものだが、まるでディズニーのプリンセス映画であり、今の米軍が腑(ふ)抜けに見えてしまう。
国を形作るのは文化だ。米国文化のありようも、プーチン氏がバイデン政権を見下すようになった理由の一つに違いない。
トランプ政権の対外政策をすべて評価するわけではないが、レーガン元大統領が掲げた「力による平和」、つまり、強い米国を取り戻すことが平和と安定に欠かせないという信念で一貫していたことは正しかった。エネルギー自立を目指したのもその一環だった。
「強さ」が平和をもたらすということは、逆に「弱さ」は戦争を招くことを意味する。ウクライナ侵攻は、まさにこれを証明したと言っていい。
編集委員 早川 俊行