
沖縄県知事選の投開票が13日に行われ、自民党や日本維新の会などが推薦した前那覇市副市長の古謝(こじゃ)玄太氏が、現職の玉城デニー氏らを大差で破って初当選を果たした。
自民機関紙「自由民主」9月22・29日合併号は1面トップで「沖縄県知事選 古謝玄太氏が歴史的勝利」との見出しを掲げ、記事では「現職知事との事実上の一騎打ちとなった今回の知事選は古謝氏の勝利によって、わが党推薦候補が12年ぶりに県政奪還(だっかん)を果たし、国と県、県民を対話でつなぐ県政が実現される」と指摘した。2014年から続いた「オール沖縄」革新県政は、米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古への移設反対を掲げて国との対立を深めたが、移設を容認する古謝氏の下で関係改善が進みそうだ。
高市早苗首相(自民総裁)は古謝氏の勝利について「経済成長を求める県民の意思が反映された」と強調。「新しい知事と連携し、沖縄経済を強くするため力を尽くす」と述べた。
過去3回の選挙では辺野古移設の是非が最大の争点となり、移設反対派が勝利した。しかし今回は、暮らしや経済が前面に出る展開となった。沖縄の1人当たり県民所得は全国最低レベルだ。古謝氏は経済政策を主軸に据え「誰かのせいにして今を諦めるのはもうやめよう」と、国とのパイプを生かした政策実現を強調。「県民所得を10年で倍増」を公約に掲げて幅広い支持を集めた。さらに、立候補する意向を示していた下地幹郎元衆院議員が出馬を取りやめたことで保守分裂が回避され、古謝氏に追い風が吹いた。
一方、辺野古移設に反対し続けてきた玉城氏は今回、移設反対を公約の柱から外した。背景には、移設を巡る国との法廷闘争で県の敗訴が相次ぎ、工事を止める手だてを失ったことがある。また今年3月、辺野古沖で移設への抗議活動に使われていた小型船2隻が転覆し、平和学習の一環として乗船していた同志社国際高(京都府)の女子生徒ら2人が死亡した事故で、船の運航団体に非難が殺到したこともあるだろう。
「オール沖縄」は、辺野古移設に反対するため、保守と革新の枠を超えて結集した政治勢力だ。その中心となったのが、かつては移設を容認していた故翁長雄志前知事であり、その後継者である玉城氏だった。
翁長氏は、13年に当時の仲井眞弘多(ひろかず)知事が、移設に向けた埋め立てを承認したことに反発。「イデオロギーよりアイデンティティー」を唱えた翁長氏は、14年の知事選に出馬して仲井眞氏を破り、埋め立て承認を取り消した。だが結局、翁長氏も玉城氏も「日米同盟の抑止力維持と普天間の危険性除去を考え合わせた時、辺野古移設が唯一の解決策だ」とする国の移設への動きを止めることはできなかった。
中国などの脅威が高まる中、戦略的要衝である沖縄に駐留する米軍の重要性は増している。地域の平和と安全のため、国が辺野古移設を「唯一の解決策」とするのは妥当な見解だ。
そもそも安全保障は国の専権事項であり、県が移設を阻止しようとすることは望ましくない。また、辺野古の住民は安全確保などの条件付きで移設を容認している。そこには地域経済活性化への期待が込められている。
当初は「反辺野古」で団結していた「オール沖縄」だったが、革新色が強まる中で保守派が離脱し、徐々に弱体化していった。現在、県内で「オール沖縄」系の市長はいない。今回の知事選敗北は致命的な打撃になったと言えよう。







