「政治指導者」を叱責
10万5000人の犠牲者を出した関東大震災から103年を迎えた1日、東京都墨田区の都立横網町公園の都慰霊堂で追悼大法要が営まれた。同公園では「朝鮮人犠牲者追悼式」も開かれたが、小池百合子都知事は「大法要で全ての方々に対しての慰霊を行っている」として追悼文を送らなかった。

これに朝日が噛(か)みついた。2日付社会面で「朝鮮人虐殺 知事、追悼文10年連続送らず」と報じ、社説「事実忘れぬ意志示す時」では「一方でSNSによって根拠のない情報やうそが拡散し、他方で外国人排斥の風潮も広がる。そんな時代だからこそ、流言が多くの命を奪った史実に目を向け、今に通じる教訓を再確認するのが政治指導者の責任である」と叱責している。
それなら鏡に向かって言うべきだ。SNSが存在せずラジオもなかった当時、「根拠のない情報やうそ」を拡散させたのは、朝日や東京日日(現毎日)などの新聞に他ならない。「今に通じる教訓」を再確認すべきは新聞なのだ。それを棚に上げて「政治指導者の責任」とは盗っ人猛々(たけだけ)しい。
当時の報道再確認を
当時を振り返ると、東京日日(1923年9月3日付)は「不逞鮮人各所に放火し帝都に戒嚴令を布く」と報じ、「鮮人いたる所めったぎりを働く 二百名抜刀して集合 警官隊と衝突す」「鬼気全市に漲る」「日本人男女十数名をころす 本部は世田谷」「横濱を荒らし 本社を襲う 鮮人のため東京はのろひの世界」としている。
鹿児島朝日新聞は「不逞鮮人の跋扈横暴を極め無秩序の状態」(同3日付)、「混乱に乗じて避難民を襲撃」「爆弾を持って横行」「大建築に放火せんとす」(同4日付)と首都情勢を伝えている。むろん朝日東京本社からの情報だ。これらは事実なのか、流言飛語なのか。新聞こそ再確認すべきでないのか。
震災発生の翌2日夜には埼玉県内務部長名で「不逞鮮人暴動に関する件」との通達が出されたが、新聞報道で国民は恐怖に慄(おのの)いていた。このため警視庁は3日付で「鮮人をむやみに迫害するな」との布告を出し、5日までに6000人以上の朝鮮人を各警察署等に保護。過激な自警団を取り締まり、殺人45件161名、傷害16件85名を検挙したことで、ようやく暴力行為も収束し、自警団は罹災(りさい)者の救護活動に移った(伊藤哲朗東京大学客員教授「関東大震災当時の警察活動と首都直下地震に際しての警察活動」)。各地で虐殺事件が発生したのは事実で、司法省は「233人」(犯罪行為による死傷者)、朝鮮総督府は「死者・行方不明者832人」(虐殺数でなく震災犠牲者数)としている。
小池知事が追悼文を送るのをやめたのは、同公園にある朝鮮人犠牲者追悼碑の「あやまった策動と流言蜚語のため六千余名にのぼる朝鮮人が尊い生命を奪われた」の「六千余名」が、2017年3月の都議会で「根拠が希薄」と指摘されたからだ。これは朝鮮独立派の「独立新聞」(1923年12月5日付)の「6661人」を引き写したものだ。
震災時、約8万人の在日朝鮮人の多くは関西圏におり、首都圏は1万数千人だった。6000人が虐殺されたとすれば、ほぼ2人に1人ということになるが、反日派のプロパガンダとみてよい。追悼碑は美濃部亮吉革新都知事が1971年に訪朝して金日成主席と会見し、日朝友好を誓った証しとして73年に建立したもので、北朝鮮と左翼親北派の「反日合作」にすぎない。
「反日」マッチポンプ
毎日は昨年まで追悼式典を大きく報じていたが、今年は大法要の記事(2日付第2社会面の下段1段見出し)の中で、わずか10行で報じるのみだ。毎日ネットには「暴走した市民、新聞も負う『責任』 関東大震災下の朝鮮人虐殺」(25年1月16日、隈元浩彦氏)との検証記事もある。反省したのだろうか。
朝日記事には「韓国議員団が来日 調査協力求める」とあり、自らの反省や事実追求を棚上げし「反日・自虐」のマッチポンプで日本政府に〝賠償〟を迫る魂胆をうかがわせる。懲りない面々とは朝日のことだ。
(増 記代司)







