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【テレビ】「やまゆり事件」で障害者差別に向き合うも宗教に触れない「クロ現」

優生思想で重大被害

 障害者支援は過去10年で、どれほど改善したのだろうか。知的障害者施設「津久井やまゆり園」(相模原市)で、凄惨(せいさん)な事件が起きたのは2016年7月26日だった。元施設職員が19人の命を奪い、26人に重軽傷を負わせた。改善がないとすれば、なぜなのか。

 この事件がわれわれに突き付けたものは、重大な被害を発生させた犯人の差別意識と優生思想だった。しかし、事件から10年がたっても、事件に向き合うことを避ける傾向は社会に根強く残っている。障害者への偏見・差別意識がわれわれの心の奥底に潜んでいるからだが、その感情は忌々(いまいま)しくとも容易に消えない。

障害者施設「津久井やまゆり園」の入所者ら45人が殺傷された事件から7年を迎え、鎮魂のモニュメントに手向けられた花=26日、相模原市緑区(時事)
障害者施設「津久井やまゆり園」の入所者ら45人が殺傷された事件から10年を迎え、鎮魂のモニュメントに手向けられた花=26日、相模原市緑区(時事)

後ろめたさ持つ職員

 NHKの看板番組の一つ「クローズアップ現代」(クロ現)は7月27日、「事件が突きつけた〝問い〟との闘い」と題して津久井やまゆり園事件を取り上げた。犯人の死刑囚、植松聖は同園でかつて働いたことがあった。

 植松と同僚だった経験を持ち、今も施設で働く職員たちが番組の取材に応じた。彼らが告白した深い悔恨が番組の肝だった。日常的に入所者に接していた植松は、彼らの対応も見ていた。福祉に携わりながら、入所者を見下していた自分ではなかったか。それが植松に伝わり、差別意識を助長したかもしれない、とある職員は語った。

 やまゆり園は5年前に再建され重い知的障害のある58人が入所する。筆舌に尽くし難い事件を目の当たりにし、しかも犯人の動機に自分たちが関わっていたかもしれないと思いながら、再び施設で働くことを決意したのだが、後ろめたさのような複雑な思いを抱えつつも、勇気を振り絞りテレビカメラの前で語る姿からは、障害者支援に対する強い決意が伝わってきた。

 番組は施設に預けたことに後悔の念を抱く遺族の声も伝えた。障害者支援と直接関係することのない人間なら、自らの心の奥底に潜む差別意識から目を背けて生きることができる。しかし、家族や施設職員はそうはいかない。あるべき支援の在り方に少しでも近づこうとする姿に、自らの偏見を省みた視聴者は少なくなかったのではないか。

 偏向報道が著しく「オールドメディア」とやゆされるテレビ局を代表するNHK。たまには心に響く番組を提供するものだ、と感心した。ただ、注文もある。NHKEテレには「こころの時代」という宗教や人生を扱う番組があるが、個々の番組を見ると、宗教を忌避していると思えることがある。クロ現もそうだった。

唯物論の克服が必要

 福祉の現場に身を置き、植松とも接見したことがある奥田知志(NPO法人「抱樸」理事長)が最後に登場した。植松に面会に行った時、「役に立たない人間は消えてなくなれということなのか」と聞いたら、「その通りだ」と答えたという。「役に立たない人間は意味がないという感覚は私たちの社会の中に結構あるんじゃないか」と、奥田は問い掛けた。

 さらに、奥田は「者別」という言葉を紹介した。「障害者」「生活困窮者」など、人を区別するために用いる言葉だ。「○○者」は行政手続きや制度の文脈では必要だが、個人の顔を見えなくし、個人を尊重する街づくりにマイナスに働くことがあるというのだ。

 植松は意思疎通が難しい重度障害者を「心失者」と呼んだ。そんな造語が出てくる背景には優生思想がある。この差別思想は人間を物質と見なす唯物論や進化論という「魂」を否定する思想と深く関わっている。だから、障害者差別をなくすには、この思想を克服する必要があるのだが、そのためには宗教思想を取り込まなければ不可能に近い。

 筆者は奥田について知らなかったので調べると、やはりキリスト教の牧師だった。彼の活動や思想を紹介するなら彼の信仰への言及は不可欠なのに、番組はそこには触れなかった。宗教を忌避するからだろう。われわれの心の奥底にこびり付く障害者差別克服の壁はヒューマニズムの限界を示しているのに。(敬称略)

(森田清策)

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