男系「創られた伝統」
それにしても不可解だ。国会で一部野党を除くほぼ9割の賛成で成立した改正皇室典範に新聞(産経を除く)はこぞって反対。国旗損壊処罰法では愛国心否定論もあった。記者たちの胸中は奈辺にあるのか、探ってみよう。

朝日の1面コラム「天声人語」(7月18日付)は皇室典範の改正について「明治の時代にできた制度なのに仰々しく『伝統』だからとは言えない。『皇位の男系継承は2600年以上』とは神話に基づく話だ。時代錯誤の吹聴をするわけにはいかない」と言い、毎日の伊藤智永専門編集委員は「天皇の男系男子継承説も、明治以降の典型的な『創られた伝統』に他ならない」(同11日付「土記」)と断じる。
これは事実に反する愚論だ。明治憲法について米国の法学者ホームズが「予がもっとも喜ぶ所のものは、日本国憲法の根本は、日本古来の歴史、制度、習慣に基づき、而してこれを修飾するに、欧米の憲法学の論理を適用せられたるにあり」(瀧井一博著『文明史のなかの明治憲法』講談社選書メチエ)と述べるように、習慣や伝統は憲法や諸法制に反映されており、新たに伝統が創作されたわけではない。
「国を愛さない自由」
国旗損壊処罰法では毎日の栗原俊雄学芸部専門記者が「『国を愛さない自由』もある」(同17日付)と言い放つ。「共同体としての日本を愛していても、政府が動かす『国家』にはわだかまりがある」と否定的に捉えるが、国旗は共同体としてのアイデンティティーを表す要素もあるはずだ。国家への「わだかまり」(悪意や偽りの気持ち、不満・不信などの感情=『広辞苑』)を強調するのは、「国旗損壊」正当化論に等しい。
沖縄タイムスは沖縄全島エイサーまつりへの自衛隊の出演を巡って「国家権力である自衛隊組織の活動を市民が監視し、疑問を呈し、反対を表明することは、表現の自由として憲法で保障されている」(同31日付社説)と反自衛隊運動を擁護し、防衛や災害派遣で汗を流す隊員を「国家権力の手先」と言い募る。かつて「悪夢の民主党政権」の官房長官、仙谷由人氏が「自衛隊は暴力装置」と発言したが(2010年11月18日の参院予算委員会、後に撤回、謝罪)、その「悪夢」を蘇(よみがえ)らせている。
記者、ことに政治部記者は大学の人文系出身と思われるが、経済学ではマル経(マルクス経済学)、憲法学では「日本国憲法は、日本社会にとっては最初の人権宣言」(樋口陽一東大名誉教授)とする護憲論を学んだか。人権宣言とはむろん、王政を打倒したフランス革命のものだ。
近代政治学はこれと米独立戦争、つまり「歴史と伝統」の拒絶か白紙で語られ、「議会制民主主義の母国」の英国は軽視されがちだ。なぜなら「血の革命」や独立戦争を経なかった英国には「憲法」と称する文書がなく、慣習が憲法だからだ。それには宗教や道徳も暗黙のうちに含まれ、国民は「臣民」と呼ばれる。それが立憲君主制、「王冠を戴(いただ)く国」のありようである。
皇室廃止唱える朝日
ところが、新聞は「歴史と伝統」を蔑視し、朝日の有田哲文記者に至っては「官僚や元官僚と話すとき、こんな問いを投げかけることがある。『天皇制は、なくてもいいのではないか』」と公然と皇室制度廃止論を唱える始末だ(7月19日付「日曜に想(おも)う」)。
何のことはない、マルクスのテーゼが記者信条になっているのだ。「国家は階級支配の機関であり、一つの階級による他の階級の抑圧機関であり、階級の衝突を緩和しつつ、この抑圧を合法化し強固なものにする『秩序』を創出するものである」(レーニン『国家と革命』)。この「国家悪論」が言論空間を覆っている。
通常国会の閉会を受け各紙は一斉に「国会をゆがめた首相の独善」(朝日同26日付社説)などと高市早苗首相批判の雄たけびを上げる。ここでも産経が「『国の基本』で前進あった」(同28日付主張)と評価するのみだ。「妖怪」との次なる闘いはスパイ防止法を巡るものになりそうだ。
(増 記代司)






