過去に国旗阻止騒動
日本の国旗を傷つける行為に刑罰を科す日本国旗損壊罪法案が先週、衆院内閣委員会で可決し、今国会で成立する見通しとなった。同法案は自民、日本維新の会、国民民主、参政の4党が共同提案し、チームみらいも賛成し9割近い圧倒的多数の支持を得た。反対は中道改革連合と共産党、社民党、れいわ新選組の左派野党の少数派にすぎない。
ところが各紙社説を見ると、国旗損壊罪に賛成なのは読売19日付「敬意を払って大切に扱いたい」と産経25日付「成立で日の丸の尊厳守れ」の2紙ぐらいのもので、朝日21日付「不要な立法 自由を侵す」、毎日22日付「息苦しさ生む規制不要だ」を筆頭に地方紙の大半が反対論を張っている(東京5月27日付「表現の自由を奪うのか」、北海道6月25日付「人権制限の法案不要だ」など)。左派メディアは国会とはまるで逆なのだ。
それで1999年8月に国旗国歌法案が衆参国会議員全体の4分の3以上の圧倒的多数の賛成で可決、成立した際の左派メディアを思い出した。同9月2日に農林水産省が記者会見場に国旗を設置しようとしたところ、朝日、北海道、共同通信の記者3人が会見場のドアの前に立ちふさがって阻止する「国旗阻止騒動」を引き起こしたのだ。
3社の記者は「日の丸は戦争の象徴で記者会見場に置くのは望ましくない」と共産党ばりの主張を唱えたが、農水省は彼らを?排除?し、国旗を会場に据えて1時間半遅れで記者会見を開いた。記者らは言論ではなく行動によって国旗を?引きずり下ろす?暴挙に出たのだ。それでジャーナリストではなく左翼活動家と批判された。
朝日、特大社説で批判
こういう記者らが?出世?して編集幹部になっているのかどうか知らないが、心の奥底で「国旗損壊」を空想しているのか、密(ひそ)かに「損壊」の機会をうかがっているのか、何とも怪しい。左派メディアが「自由を侵す」とか「息苦しさ生む」とか、口角泡を飛ばす如(ごと)くに騒ぎ立てるので、そんな疑念を抱かせる。
朝日は5月22日付の「罰則で表現を抑え込む不条理」と題する特大社説(通常2本を1本掲載)で、こう言っていた。「国旗は、権力の象徴でもある。国を思えばこその、国に対するやむにやまれぬ抗議や批判を、国旗へのアクションを通じて意思表示することは、政治的表現の最たるものだ。それを罰するとなれば、政治的表現自体を抑圧し、封じ込める象徴ともなろう」
朝日の言う国旗へのアクションとは一体、何か。昨年11月24日付社説「窮屈な社会が待っていないか」ではこう言っていた。「政府に抗議するため、国旗を燃やしたり、やぶったりする行為は繰り返されてきた。そうしたやむにやまれぬ市民の叫びを刑罰で抑え込むことは、表現の自由の重みに照らせば許されることではない」
つまり、国旗を燃やしたり、やぶったりする行為を「やむにやまれぬ市民の叫び」と肯定しているのだ。これは「反戦無罪」「反基地無罪」に通じる「国旗損壊無罪」論であり、恐るべき「暴力肯定」と言わざるを得ない。
世論は賛成が過半数
では、国民はどう考えているのか。産経世論調査(16日付)は国旗損壊罪新設を賛否2択で聞き、「賛成56・9%」「反対34・9%」、朝日世論調査(22日付)も同様に聞き「賛成52%」「反対40%」で、左右いずれも賛成が過半数を占めている。毎日世論調査(4月20日付)は3択で聞き、「罰則付きで禁じる46%」「罰則なしで禁じる21%」「禁じる必要はない19%」だった。「罰則なしで禁じる」ではザル法に等しいが、いずれにしても「禁じる」が多数派である。
サッカー北中米ワールドカップ(W杯)では出場国の国旗が会場を埋め尽くしている。国旗は国の象徴であり、国民のアイデンティティーの証しであるからだ。これを損壊すれば大規模な暴動を招きかねない。それでも左派メディアは「国旗損壊無罪」を唱えるのか。
(増 記代司)






