
皇族数の確保策についての「立法府の総意」がまとまり、高市早苗首相に伝達された。①女性皇族が婚姻後も皇族身分を保持する②旧11宮家の男系男子を養子に迎える――この2案だ。政府は6月中に皇室典範改正案などを閣議決定し、今国会中の成立を目指す。
立法府の総意とはいえ、党派による意見の隔たりがある。例えば、明確な保守の理念を持つ日本保守党は①案に反対した。リベラル・左派の立憲民主党は②案に否定的な見解を示した。
現行の皇室典範は、皇位継承資格を「男系男子」に限定し、女性皇族が結婚すれば皇族の身分を離れる。このため、男系男子による皇位継承を前提としながら皇族数の確保を図るため、二つの案となったが、女性皇族の夫と子は皇族としないことを絶対条件とする保守と、女性・女系天皇を容認するリベラル・左派の間には、皇位と日本の国柄についての考えの違いがある。
月刊誌7月号は、立法府の総意が決定する前に編集されているが、保守論壇がこのテーマを扱っている。その論考を手掛かりに、保守がなぜ①案に反対するのか、そして②案に反対する勢力の狙いをどう捉えているのか、を見ていきたい。
「WiLL」に動物行動学研究家の竹内久美子が「『愛子天皇』じゃダメなんです」を寄稿、またジャーナリストの櫻井よしこと門田隆将が対談「中国が仕掛ける皇室破壊工作」で、安定的な皇位継承問題を巡る世論工作の恐ろしさについて語り合っている。
いずれも女性皇族が結婚後も皇族身分を保持することは、極めて「危険」とみている。その理由について、竹内は「婚姻によって生まれたお子さんと配偶者は皇族にしないとの条件がつけられてはいるものの、そんなことはなし崩し的に破られてしまう」からだという。
門田も「女性皇族の身分保持は皇統の断絶につながりかねません」と、竹内と同じ認識を示す。そして、女性皇族の配偶者やその子に皇族の身分が与えられないことに、オールドメディア(新聞・テレビ・週刊誌など)や左派野党が「違和感を煽りたてるのは目に見えています。女系天皇を容認する方向に、世論は焚(た)きつけられるでしょうね」と予測する。
週刊誌などが「愛子天皇」実現のためのプロパガンダのような特集を組むことに対して、竹内は「現代においては女性天皇さえ実現すれば、皇統を滅ぼし、ひいては日本国をも滅ぼすことができるからである」と警鐘を鳴らした。
これには説明が必要だ。女性天皇は過去に八方、十代(お二方が2回即位)存在した。しかし、いずれも未亡人か生涯独身を通したため、その子が皇位を継ぐことはなかった。つまり、皇統に影響を与えることはなかったのだ。
だが、時代は変わった。今、もし女性天皇が容認されたなら、その方に独身を強いることは人権上の問題から不可能である。一般人と結婚され、その子が皇位を継いだなら、それは即(すなわ)ち皇統の断絶を意味し、新しい王朝の始まりとなる。ましてや、秋篠宮皇嗣殿下と悠仁親王殿下まで皇位継承の流れが決まっている中での〝愛子天皇待望論〟は暴論というほかないのである。
過去に女性天皇による〝中継ぎ〟があったとしても、皇位は「男系」で継承されてきた。だからこそ、日本の歴史と伝統の核心、国家の統合の象徴である。こうして守られている「万世一系」が天皇の権威の源泉であり、それが国民の精神的なよりどころと社会安定の礎となっている、と保守は考えているのだ。
この皇統を守るため、設立されたのが11宮家だった。しかし、戦後間もなく、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の指令によって皇籍離脱を余儀なくされた。この占領政策の根底には、日本の皇室は共産主義に対する防波堤になっていることを知りつつも、歴史と文化の支柱となっている皇室の基盤を崩すことは、日本の弱体化につながり二度と米国に歯向かえない国にできるとの目論見(もくろみ)があった。
皇位の安定継承に不安が生じているのはその米国の狙い通りとみていいわけだ。GHQのくびきを解くためには、旧宮家を復活させるべきだが、戦後80年も経(た)った現在、それは困難で、「次善の策」(竹内)として②案が浮上してきたというのが保守の見方である。従って、これに反対する勢力は国家の弱体化を狙っていると警戒するのである。
ただ、①案が並列されている以上、女性・女系天皇出現の可能性が残る。そこで、女性皇族が結婚後も皇族身分を保持したとしてもその夫と子に皇族資格を与えないことを明確にすることが今後の課題となる。
さらに、情報工作という懸念材料もある。仕掛けているのが一部マスコミと中国というのが保守の見方だ。オールドメディアに加え、SNSでも皇室に関する偽情報が拡散している。調べると、その発信元は海外が多い。
竹内は秋篠宮家を中傷し、女性天皇から女系天皇を出現させようとする「企(たくら)みは国内の反日勢力に加え、外国勢力、特に中国が最も力を入れている」と断言する。また、櫻井は読売新聞が昨年5月、「女性・女系も排除すべきでない」との提言を行ったことを挙げ、さらには「中国共産党は皇室の存在が日本国安定の礎(いしずえ)であることを理解しています。だからこそ、皇室をめぐる日本国内の世論を分断するために情報工作を展開している」として、秋篠宮家への誹謗(ひぼう)中傷が渦巻き愛子天皇待望論に賛同するような記事に警戒を促している。
「Voice」7月号で、法政大学法学部教授の河野有理と近現代史研究者の辻田真佐憲が対談を行っている(なぜいま「国民の物語」が必要なのか)。国民の物語は、人びとの心のよりどころとなるとともに運命共同体として結束させる役割を果たす。国際情勢の不確実性が増す現在、共同体を再生するためにも、外国からリスペクトを勝ち得るためにも、国民の物語は不可欠である。
戦後の日本は偏った個人主義から、社会のあらゆる場面で「私」が優先され、「公」が失われている。公の精神を取り戻す上でも、国民が共有する物語が必要なのである。
一方で「中国は戦争の歴史を用いて、日本に対してナラティブ戦」を仕掛けてきていると語る辻田は、「一部で指摘されるように『物語』とは強力で、人びとを誤った方向に導き売る道具」ではあるが、物語が否定され過ぎて保守でさえも国民の物語を語れなくなった状況を強調する。ただ、あるとすれば、リベラル・左派側の「平和国家」という強烈なナラティブだ。左翼の活動家とキリスト教関係者が沖縄・辺野古沖の「抗議船」転覆事故を起こした背景にはこのナラティブが関係しているのだろう。
そんな中で、弱くなったとはいえ、歴史という縦の繋(つな)がりと、今を生きる国民の横の繋がりを辛くも保ってきたのは皇室や地域の祭りだが、河野は「はたしてそうした感覚がいつまで成り立つのか。人口が減少し、地域のお祭りは存続の危機です。経済的にも移民を受け入れざるを得ないという主張も強力です。皇位継承についてもその安定性が懸念されている。そうした現実を前にして、文化的な一体性の存続をどこまで前提にできるのかは大いに疑問です」と、日本の将来を悲観的にみる。
だからこそ、国民の物語が必要なのだが、皇室はその国民の物語の中核的な役割を担うものだ。安定的な皇位継承が損なわれれば、日本の文化的連続性は断絶し、共同体の結束はさらに弱まる。実質的な国家解体と言っていいかもしれない。だから、中国は皇位継承問題でも情報戦を仕掛けてきているのだ。(敬称略)






