孫子「高地に陣取れ」
孫子の兵法の極意は、戦(いくさ)をして勝つよりは、戦をせずに相手を制することを上策とすることだ。戦をすれば味方の死傷者も避けられず、勝利の美酒とは懸け離れたものになりかねない。
ただ孫子はやむを得ず戦になった場合には、「高みを見つけて高地に陣取れ」との教えを垂れている。戦場を見渡せる丘や山は、敵味方の状況を包括的に把握できるポジションであり、情報戦において確保すべき地政学的条件となる。
ロシアから侵略戦争を仕掛けられたウクライナが持ちこたえているのも、ドローン戦争でロシア軍に勝っているという要因がある。飛翔能力を持つドローンは、俯瞰(ふかん)能力に優れた現代の丘であり山でもある。
さらに21世紀の地政学的高みは宇宙になる。衛星から見下ろせば、敵対国の陣地構成やロジスティクス(兵站<へいたん>)など丸見えだ。大国がこぞって宇宙開発に乗り出しているのも、単なる新天地を求めたロマンチシズムによるものではなく、国家の死命を制する安全保障が絡んだものであるからだ。
半年後の再挑戦評価
宇宙航空研究開発機構(JAXA)は12日、日本の大型基幹ロケット「H3」の打ち上げを成功させた。半年前の失敗を乗り越え再起を果たした格好だ。

13日付社説で各紙が論評する中、日経だけが安全保障上欠くことのできないロケット技術であり産業だとの見識を披歴した。
日経は「観測や測位などの拠点となる宇宙は国家の重要インフラだ。ロケット不在が安全保障や産業競争力を揺るがす危うさを考えれば、短期間で再挑戦した判断は妥当だ」と高評価を与えた。さらに「ロケット開発は安全保障にかかわるうえ、莫大な費用を伴うことを踏まえると、民間企業に全てを委ねるのは現実的ではない」と総括。「2025年の打ち上げ成功回数は米国が192回、中国が91回の一方、日本は3回にとどまった。日本は30年代前半に年間30回をめざすが、現実との隔たりは大きい」とし、「日本は民間も含めた複数のロケットを確保する体制の構築を急ぐ必要がある」というのだ。
ロケット打ち上げビジネスが国際競争の荒波にさらされる中、民間の技術や活力を取り込むことはもっともな指摘だ。衛星打ち上げを自力で行い、他国に頼らなくて済む宇宙開発体制の確立を急ぐには強固な官民連携こそが問われてくるからだ。
この点、対照的なのが朝日社説で技術論を主軸に据えた上で汚職問題に軸足を移している。
13日付同社説は、「(半年前の打ち上げ失敗に関する)原因究明の中間報告書によると、衛星を載せる台座の製造過程で、部品の接着が不十分で剥離(はくり)が生じていた可能性があり、失敗につながったと推測される」とし、「後続機用に製造されていた台座を調べたところ、多くの剥離が確認された。リスクを排除するには、接着剤を使ったやり方をボルトで固定する方法に変更する必要があるというが、時間もかかるため、今回は製造済みの台座を補修して使った」と現状のリポートにとどまった。
これでは論説というより単なる科学記事だ。大局観を持って現実を見据え未来につなげようとの覇気が欠落している。
本質見ずに迫力欠く
さらに朝日は矛先をH3にも部品を供給するIHIエアロスペースの不当費用請求問題に向け、「伝統ある宇宙企業でこうした不正が確認されたことは信頼を損ね、業界全体の体質が問われても仕方ない」と「徹底した再発防止」を訴えた。
IHIエアロスペースには結局、5カ月間の入札参加資格停止処分が下され、官民連携でロケット打ち上げ産業を大きく育成していくべき両者の絆にほころびが出たことは事実だが、これも社会面記事の延長であってロケット産業を押し出すための本質を見据えた論説記事としての迫力に欠ける。
(池永達夫)






