
汚職排除が謳い文句
メディアの世界では人工知能(AI)の動向に関連するニュースが溢(あふ)れている。バルカン半島南西部の小国アルバニアで昨年9月、「公共入札から汚職を100%排除する」を謳(うた)い文句として、世界で初めてAIが大臣として政権入りして話題を呼んだ。あれから1年も経過しないうちに、「ディエラ」(アルバニア語で太陽)と呼ばれるAIを巡り、そのチャットボットの運営者が組織犯罪の容疑で捜査を受ける一方、同国の憲法裁判所は5月26日、人間ではないAIが閣僚入りすることが同国の憲法に合致するかどうかの審理を開始した。
オーストリア国営放送(ORF)のウェブサイトが5月26日、「AI大臣、法廷へ」という見出しで大きく報道した。人間ではなくAIが閣僚(仮想大臣)となり、その後、関係者が法廷に出廷するという前代未聞の出来事が展開中なのだ。
ラマ首相率いる社会党は昨年5月の議会選挙で4期連続の勝利を収め、絶対多数を獲得した。同年9月には大統領令によりディエラが大臣に任命された。
ディエラがラマ政権入りして行政上の意思決定を下すということ自体、同国内で当初から疑問視されていた。AIは公共調達において役立つ可能性はあるが、その責任は人間が負うべきだ、というのが一般的な見解だった。野党保守・中道右派政党「民主党」(DP)のガズメント・バルディ議会代表は、ディエラはラマ首相の「プロパガンダの空想」であり、「この政権による日常的な巨額の横領を隠蔽(いんぺい)するための偽装」だと非難した。
DPは憲法裁判所に訴えを起こした。「憲法によれば、閣僚に就くことができるのは実在の人物のみであり、アルゴリズムは国民に対して責任を負わない」と主張した。この大統領令は、法的根拠のない新たな閣僚機構を創設し、憲法の枠組み外で首相に新たな責任を課すことで、権力分立の原則に違反しているというのだ。
アルバニアの現行憲法では、閣僚(大臣)は「18歳以上の市民(人間)」であることが前提となっている。データとアルゴリズムにすぎないAIに大臣の権限や地位を与えることは、そもそも憲法違反(違法な任命)という指摘だ。
関係者が捜査対象に
アルバニアは2030年までの欧州連合(EU)加盟を目指しているが、最大の課題は汚職対策だ。テクノロジーによるガバナンスの刷新をアピールすることで、加盟交渉を加速させたい政治的狙いがあることは間違いないだろう。
前例のないアルバニアのプロジェクトは国際的な注目を集めたが、AIを搭載した仮想大臣による意思決定の透明性と説明責任の欠如、そしてミスが発生した場合の責任の所在に関する懸念は、すぐに現実のものとなった。ディエラを開発した政府の「国家情報社会庁(AKSHI)」の幹部らが、皮肉にも別の汚職(入札操作)容疑で捜査対象になったのだ。
野党はラマ首相の辞任を要求したが、ラマ首相は「以前は、簡単な証明書でさえ、あらゆる書類を取得するために人々は列に並ばなければならなかった。AKSHIは、国民の6億ユーロ以上、そして7000年分以上の時間を節約した」と述べ、AI導入の効果を再度強調し、野党側の要求を拒否している。
新時代の貴重な先例
アルバニアのAI大臣問題について、AI専門家は「この件は、テクノロジーで政治の腐敗をリセットできるかという革新的な実験だ。同時に、法の支配や主権者(人間)による統治という民主主義の原則を揺るがしかねない危うさを孕(はら)んでいる」と指摘する。いずれにしても、本格的なAI時代突入を控え、アルバニアのAI問題が世界中の国々にとっても極めて貴重な先例となることは間違いない。
(小川 敏)






