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人気投票じみた「女性天皇待望論」を一喝した新潮の正論

天皇、皇后両陛下と長女愛子殿下は大相撲初場所を観戦された=18日午後、東京都墨田区の両国国技館

焦点は「安定的継承」

 まず大前提として、皇位継承権は皇室典範でその1位が秋篠宮皇嗣殿下、2位が悠仁親王殿下と定められており、高市早苗首相が今国会で成立を目指している皇室典範改正はその前提の上でのものだ。

 ところが、世間では「女性天皇」議論がかまびすしく、「愛子天皇」推しが止まらない。愛子内親王殿下が成年皇族としてご活躍されているお姿は誇らしく喜ばしいことだが、典範改正論議とは直接の関連はない。それにメディア等が既に決められた継承者の面前で「次」や「将来」を論じることの非礼を顧みないのは問題である。

 週刊新潮(5月21日号)が「『愛子天皇』大論争の核心」の記事を載せた。その中で「日本大学名誉教授の百地章氏」は「天皇陛下が“次の天皇は秋篠宮である”と内外に宣言されました。それ故、『愛子天皇』を主張する論者たちは、陛下のお言葉を公然と否定してしまうことになります」と述べている。まさしく正論である。

 さらに、仮に皇室典範改正で「女性天皇」が認められたとしても、「万が一、愛子さまが天皇になられた場合、秋篠宮さま、悠仁さまのお立場はどうなるのか」ということだ。皇位継承順位が変更されるのか、変更されるとしてそのどこに「愛子天皇」が入ってくるのか、国論を二分するような議論が起こってくることは避けられないだろう。

 百地氏は「歴史上、女性天皇は男子が得られない時に一時的、例外的に皇位についただけであり、皇位の安定的継承に資するものではありません」と断じている。議論の焦点は「安定的継承」であるはずだ。「女性週刊誌などが“愛子さまは神々しいから天皇になって欲しい”などと、盛んに主観的で情緒的な議論」をしているが、それで決めていいものではないのである。

継承順位は変わらず

 それに、根本的に「制度を理解せず間違った解釈を前提に」議論が進んでいる点も看過できない。「歴史家で国士舘大学客員教授の八幡和郎氏」は「制度を変更してもすでに生まれている子については適用しないのが原則」だと指摘する。つまり、いくら改正して女性天皇が認められたとしても、現在の皇位継承順位は変わらないということだ。

 だとすると、女性天皇が認められたとして、最も早くとも悠仁さまの次位に就くことになる。悠仁さま19歳、愛子さま24歳という年齢を考えると「愛子天皇」が非現実的な情緒論にすぎないことが分かる。むしろ、そのように騒ぐことが愛子さまに不要なプレッシャーをかけることにもなり、「女性天皇」待望論者はその点をどう考えているのだろうか。まして天皇になられた悠仁さまに男児が生まれれば、継承1位はその方になる。「愛子天皇」の実現は、“特別なこと”が起こらない限りあり得ない話なのだ。

 「愛子天皇」待望論と対照的なのは悠仁さまに関するネガティブな報道だ。例えば週刊ポスト(5月29日号)には、「悠仁さまのSPヨレヨレ日誌」という題名の記事がある。さも警備に要らぬ苦労をしているというニュアンスの見出しだ。「次の次の天皇」となる方の警備を担当するのは皇宮警察だけではない。悠仁さまは筑波と都内の2拠点生活を送られている。移動の際は茨城、千葉、埼玉、東京の警察がリレー形式で警護に当たる。

 これを「元警視庁警備部警護課SPで、首相などの身辺警護を務めた経験のある伊藤隆太氏」に「警察関係者にとってはかなりの負担となるのでは」と語らせ、「『将来の天皇』を守る以上、ヨレヨレになるまで奮闘する警備関係者らの苦労は計り知れない」と記事を結ぶ。まるで「悠仁さまの筑波通学のせいで」と言わんばかりの言い草だが、警備は彼らの仕事だ。余分に不当なことをさせられているわけではない。

定見ない言説、批判を

 こうした「愛子天皇」待望論の一方で、目に余る悠仁さま“下げ”、あるいは秋篠宮家に対する否定的な報道が横行する。皇位継承が「○○総選挙」や「推し活」のような情緒的なもので決められていいわけがない。それを扇動するメディアの底意は何なのか。

 同業他社を正面切って批判しないのは業界の掟(おきて)なのかもしれないが、定見のない言説にはきちっと批判・反論しておくべきだろう。その点で新潮の記事には物足りなさが否めない。また、共産党など野党が議論を要求する「女性天皇」の問題点にもしっかりと反論しておくべきだろう。

(岩崎 哲)

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