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「抗議船」事故から2カ月 可視化された左翼の独善性【論壇時評】

辺野古沖転覆船(第十一管区海上保安本部提供)

 沖縄県名護市・辺野古沖「抗議船」転覆事故(3月16日)から2カ月が経った。捜査が進み、関係者・団体の法的責任が問われ、事故は〝人災〟だったことが明確になる段階に入った。

 この間のさまざまな動きを見ると、同志社国際高校の女子生徒と抗議船船長の2人の死者を出した事故は、政治・教育・マスコミに強い影響力を持つ左翼団体とそのネットワークの異常性を可視化させた。沖縄の反基地活動をはじめ、日本の左翼運動を変える転換点になる可能性も感じるが、それを実現させるためには、多くの良識ある国民にさらに沖縄と左翼運動の実態を知らせる必要がある。

 事故から2カ月経った5月17日、日本共産党の田村智子委員長が那覇市内の演説会で、抗議船に高校生を乗せたことは「重大な誤り」だったと認め謝罪した。同党が抗議船を運航していた「ヘリ基地反対協議会」(反対協)の構成団体の一つだからだ。

 共産党はそれ以前にも謝罪はしていた。しかし、どこか他人事(ひとごと)のようで反省していない、とSNSなどで批判されていた。日が経って改めて誤りを認めたのは、共産党との関係が次々と明らかになることで、党への批判の声が勢いを増しているからだろうが、謝罪はどこか空々しく聞こえる。暴力を正当化し犠牲者を出すこともいとわない革命政党の本質を考えれば、心からの反省とは受け取れないのである。

 同じことは、抗議船を運航する反対協にも言える。強固なイデオロギーを持つ組織は、「大義」にしがみつき間違いを認めたがらない。追い詰められて反省の姿勢を見せたとしても自己正当化する意識を捨て切れない。こうした独善的な精神性はイデオロギーに没入する人間に共通するもので、そんな人間たちが徒党を組むと、独善性はさらに強固となる。

 冒頭、事故はマスコミの問題点も可視化させたと指摘した。それは「世界日報」と「産経新聞」の保守紙以外の、いわゆる「オールドメディア」が事故報道に後ろ向きだということを見れば誰もが分かることだ。多くの新聞・テレビが事故の背景を深掘りしていたら、共産党や反対協の対応は少しは違ったものになっていたのではないか。

 オールドメディアが事故報道に消極的なのは、反対協や、同志社国際高校の「平和学習」の背景にある左翼思想に親和性を持つとともに、労働組合が反対協とコネクションがあるからだとみていい。学生運動が沈静化した1970年以降、革命の夢を捨て切れず行き場を求めた人間が流れ込んだ場所の一つがマスコミだった。いまだにその影響下にあるメディアは多い。そして、左翼勢力が主要な政治闘争のターゲットとして定めたのが沖縄の米軍基地問題だった。

 こうした背景から、転覆事故については「報道しない自由」を行使する新聞・テレビの偏向報道は、保守的なSNS発信者によるオールドメディア批判に火を付けた。それでも、反対協関係者からは「間違ったことはしていない」と、開き直りとも言える発言が続き、SNSをさらに炎上させている。

 保守対左派の対立構図は論壇にも見られる。月刊誌6月号を見ると、転覆事故を取り上げているのは保守誌に限られる。「WiLL」は特集「辺野古沖の悲劇」を組み、事故で亡くなった女子高生の父親がnote(ネット上のメディアプラットフォーム)に綴(つづ)った「遺族メモ」を「愛娘を亡くして」と題して転載したのをはじめ論稿5本を載せた。産経新聞社が発行する「正論」も特集「辺野古の抗議船〝転覆〟」を組んだ。「Hanada」は特集こそ組まないが、論稿1本を載せている。

 論稿は、反対協や同志社国際高校側の安全管理のいいかげんさや、反基地運動を批判する人への脅迫、平和学習が反基地の政治思想の刷り込みになっている実態を伝えるだけでなく、平和学習が活動団体の資金源(平和ビジネス)になっていることも〝告発〟している。

 特に、平和学習の異常さには驚かされる。戦争の悲惨さを伝えるためなのだろうが、「死臭を再現して生徒に嗅がせるような過激な手法」も取られている(元那覇西高校PTA会長・ボギー手登根「平和教育という洗脳」=「WiLL」)。長年、異常な平和学習を放置してきた教育行政も責任が問われなければならない。

 一方、論稿を読み比べて、疑問点も浮かぶ。元産経新聞記者の三枝玄太郎の(「女子高生を死なせた活動左翼」=「WiLL」)は、同志社国際高校の平和学習の異常性を次のように指摘する。

 「OBの証言によれば、『平和学習』と称して、いわゆる左翼的な立場の活動家による講義(戦後の自虐的歴史観、日本軍の残虐性の強調、沖縄〝見捨て〟論など)が常態化」し、「さらに、こうした内容に異論を唱えると退場を求められたり、聖書学習の評価に影響が出たりするケースもあったとされています」というのだ。

 だが、亡くなった女子高生の父親は、noteで「私個人としては、娘二人の普段の学校生活を聞く限り、安全管理に不安を感じたり、偏った思想教育がなされていると感じたりしたことは一度もありませんでした」と記している。前述の記事とのギャップをどう理解したらいいのだろうか。

 OBの証言内容が事実とすれば、4歳上の姉も同志社国際高で学んだのだから、父親の耳に入ってもいいようなものだが、そうでなかったとすれば、高校側は偏向教育の内容を保護者に知らせないよう指導していたのだろうか。ならば悪質である。

 同志社国際高校と、左傾化する日本基督教団との関わりについては、三枝のほか、元TBS記者で「クラウドチャーチ牧仕」の小林拓馬(「日本基督教団の〝赤い闇〟」=「WiLL」)、評論家の篠原章(「乗っ取られた『平和教育』の闇」=「正論」)が詳しく述べている。

 多くの左翼活動家がキリスト教会に流れ込んだと聞いてはいたが、日本基督教団に限らずかなり深刻な状況にあるようだ。神学的な論争もあり宗教の左傾化は根は深い。

 「Voice」は〝穏健保守〟と位置付けていいと思うが、転覆事故は扱わず、「AIバブルの光と影」「世界を揺るがす米中の論理」の二大特集を組み、世界的なテーマに焦点を当てている。論壇の多様性という意味ではこれも一つのありようだが、転覆事故についても独自の視点を提供することも忘れないでほしい。

 論壇で左派と言えば、「世界」だ。この雑誌は、平和や沖縄をテーマにした論稿を頻繁に載せるのを特徴とする。ここにも左翼運動の影響を見て取れる。6月号にも琉球大学教授・新城郁夫の「憲法九条は沖縄との約束である」 があるが、転覆事故はスルーした。

 左翼と聞けば唯物論者を思い浮かべる。一方、キリスト教は一神教だ。この思想と宗教の結び付きを不思議に思う日本人は少なくないだろうが、疎外された弱者に目を向けるという点では親和性がある。〝疑似宗教〟のマルクス主義と一神教は、善悪二元論に陥りやすいという点でも似ている。

 だが、平和学習は善か悪かではない。沖縄国際大学非常勤講師の藤原昌樹は、否定すべきは平和学習ではなく「偏狭な思想を持った教育者や抗議活動家に利用されてしまっている現状」だとした上で、「いま私たちが為すべきことは、拙速に『平和学習』を否定してしまうのではなく、本来の『平和学習』の『あるべき姿』を取り戻すことなのではないでしょうか」と述べている(「死者をも利用する反基地運動の正体」=「正論」)。転覆事故をきっかけに、若者が平和と戦争を多角的な視点から考える平和学習に変わった、と言えるようにしなければならない。(敬称略)

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