トップオピニオンメディアウォッチ「平和」に陶酔して独善に陥り炎上する沖縄反基地活動家と左派政治家

「平和」に陶酔して独善に陥り炎上する沖縄反基地活動家と左派政治家

米軍の普天間飛行場の辺野古移設反対などの声を上げるデモ行進

2度目の謝罪文掲載

 沖縄・辺野古沖における「抗議船」転覆事故を巡る反基地団体やその活動を支持する地元紙、政治家の対応・発言が交流サイト(SNS)を炎上させている。その深層を探ると、「平和」という大義に陶酔する左派の独善的な心理が浮かび上がる。

 抗議船の運航団体「ヘリ基地反対協議会」が今月1日、事故で死者2人を出したことについて、ホームページに「事故後対応および安全管理の不備に関するお詫び」と題する謝罪文を掲載した。謝罪文は事故発生(3月16日)から2週間以上経(た)った4月2日にも掲載しており、今回で2度目。

 一度謝罪しながら、それが不十分だったとしてSNSで厳しく批判されたことを受けての対応で「事故そのものの責任に加え、その後のあまりに不十分で不適切な対応について、弁解の余地はなく、改めて深くお詫び申し上げます」と記した。

 一方、沖縄の地元紙「沖縄タイムス」は3日付で、事故に関連した投稿記事の一部を削除するとともに「おわび」を掲載した。削除された投稿は1日付に掲載された。

 「豊見城市、会社員」の投稿者は「まず、事故を生起させたそもそもの『元凶』を見誤らないことだ」「無用な軍事基地を問答無用で押し付ける日米の国家権力側に屈してはならない」とした上で、「天国から二人の声が聞こえてくる。『誹謗中傷にめげず、抗議行動を続けてほしい』と」とあった。

地元紙も人の死軽視

 亡くなった女子高生の声を代弁するかのような投稿は掲載直後からフェイスブックやX(旧ツイッター)で拡散され、あり得ない投稿だとしてこれまた炎上した。同紙は「亡くなった方々の意思を断定する不適切な表現」だとして該当部分を削除しおわびしたのだ。批判されて初めて投稿の異常さに気付くとは、編集者も投稿者と同じ見方をしていたのだろう。

 反基地を主張する団体・個人、そして地元新聞社までもが人が亡くなったことを軽視していると受け止められてしまう対応を取るのは、彼らを偏った正義感と独善性が突き動かしているからではないか。これは反体制イデオロギーに染まった人間の特徴である。

 反基地活動家たちは、米軍普天間飛行場の辺野古移設は「絶対的な悪」で、自分たちはそれを阻止する「正義の戦士」と思い込んでいるから、無謀な抗議活動を続けるのである。2年前には、女性活動家が移設工事妨害のため大型ダンプカーの前に出ようとし、それを止めようとした警備員がひかれて死亡する事故が起きた。活動家も足を骨折した。危険な行動に駆り立てるのは正義への自己陶酔だと言っていい。

 左翼イデオロギーに染まった人間に共通するこの心理に陥ると、被害者は平和という大義のための犠牲者に見えてしまうのだろう。ヘリ基地反対協議会の事故後対応が、最愛の娘を失って悲しむ被害者遺族の気持ちを二重に傷つける結果を招いたのはこのためであり、その愚かさは外部からかなり厳しく批判されないと気付かないのである。

人の思い勝手に解釈

 正義に陶酔し独善に陥るのは左派政治家にも見られる。社民党の服部良一・前幹事長は「埋め立てるのが悪い。こんなことをしなければ事故は起きなかった」と発言し、ひんしゅくを買った。

 共産党・小池晃書記局長は、亡くなった女子高生について「平和の問題を一生懸命勉強して沖縄まで来られた方が、ああいった形で命を落とされるというのは絶対にあってはならないことだ」と、あたかも平和研究目的に沖縄にやって来たかのごとくに勝手に解釈している。

 だが、女子高生の父親は、ネット上のメディアプラットフォームnoteに、彼女が「平和学習」の辺野古コースを選んだ理由を次のように話したと書いている。

 「美ら海水族館に行きたいんだけど、美術館で怖い絵を見るよりかは、お友達と綺麗な珊瑚礁を見る方が楽しそうじゃん」。小池氏の発言は、左派の独善性を象徴しているのである。

(森田清策)

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