トップオピニオンメディアウォッチ辺野古沖転覆事故、毎日・琉球新報の「平和教育」擁護論を一喝した産経

辺野古沖転覆事故、毎日・琉球新報の「平和教育」擁護論を一喝した産経

ヘリ基地反対協議会の拠点に置かれる転覆した「平和丸」と「不屈」(奥)=20日、沖縄県名護市辺野古
ヘリ基地反対協議会の拠点に置かれる転覆した「平和丸」と「不屈」(奥)=20日、沖縄県名護市辺野古

安全対策の不備歴然

 「隠れているもので、あらわにならないものはない」(ルカ福音書8章17節)という。

 「火のないところに煙は立たない」ともいう。

 こうした箴言(しんげん)を彷彿(ほうふつ)させる悲劇的な事故が起きた。

 沖縄県辺野古沖で3月16日、船が転覆し「平和学習」中だった同志社国際高校の女子生徒と船長が死亡、十数人が負傷するという痛ましい事故だ。辺野古沖は米軍普天間飛行場の移設工事が進む。海上保安庁によると、現場は辺野古沖の立ち入り制限区域の外側で、2隻は高波を受け相次いで転覆した。

 同辺野古研修旅行では学校側の下見が行われず、引率教員が乗船していないなど現場の船長への丸投げ状態で安全対策の不備が歴然としている。父兄への説明も十分に果たされてはいなかった。また「平和学習」のはずが、なぜ生徒らを「抗議船」に乗せることになったのか学校側の説明では納得がいかない。

 学校側は「辺野古の海の美しさを感じ、そこに建つ基地の姿を見る。基地に疑問を抱いている方の意識を感じる。そこにポイントがあった」と説明する。

 だが、それだと反基地活動家への同調を求めた偏向教育への疑念が高まるばかりだ。初めから生徒をそうした方向に誘導しようとした原点があるとしたら、教育基本法が求める政治的中立性のレッドラインを越えている。

「平和」を名乗る偽善

 それでも毎日は4月18日付社説「辺野古沖の転覆事故 校外学習の安全再点検を」で、「同校の平和学習のあり方に批判の声も上がっている」ことに対し「沖縄の基地負担の現状を通じ、戦争の歴史や理不尽さを体験的に学ぶ意義は大きい。教育現場の独自の取り組みを萎縮させることがあってはならない」と総括した。

 また琉球新報も3月22日付社説「高校への誹謗中傷 理由なき攻撃許されない」で、「他県から沖縄を訪れる中学、高校の平和学習が全面否定され、学校側が萎縮するようなことはあってはならない」と書いた。

 一方、産経は4月26日付主張「生徒の命奪った『平和教育』を正せ」で「文科省の調査が教育現場を萎縮させるといった指摘は的外れだ。学校法人は調査を重く受け止め、危機管理態勢などを早急に見直すべきだ」と萎縮論をばっさり切り捨てた。

 文科省が学校法人同志社への現地調査を行ったのは4月24日だから、「萎縮させるな」という毎日・琉球新報の具体的内容が文科省現地調査を指しているわけではないものの、大局から見れば同じものだ。

 同主張は最後に「『平和』に名を借り、生徒を守れぬ『平和教育』などありえない」と「平和教育の偽善」を追及して締めくくったが同感だ。

 反辺野古活動では、これまでも社会的問題が指摘されてきた。例えば辺野古建設工事に抗議してダンプカーの前に飛び出した老女を守ろうとした警備員が死亡する事故も起きている。

 今回の「抗議船転覆死亡事故」で浮上しているのが、波浪注意報下での出港と正式な事業登録を受けていない船舶の保険未加入下での運航という基本的な安全確認を怠り、また無視している実態だ。

底流に左翼的正義感

 なぜこうした初歩的な基本項目が見過ごされたのか。

 ここからは臆測になるが、「平和教育」の裏に潜む「左翼的正義感」が安全確保の判断を鈍らせたのではなかったのかと疑う。自分たちは世のために正しいことをしているという左翼的ヒロイズムが、最優先されるべき安全確保と法令順守という規範の壁をやすやすと乗り越えさせてしまったのではないのか。事故の底流に流れるこうした基本構図にスポットを当てた報道や社説を期待したい。

 「隠れているもので、あらわにならないものはない」とはいうものの、露呈した煙幕に惑わされることなく火元への冷徹な視点が問われる。

(池永達夫)

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