
沖縄県名護市の辺野古沖で3月16日、2隻の船が転覆し、平和学習のために乗船していた同志社国際高(京都府京田辺市)の女子生徒と70代の男性船長が死亡した事故が大きな波紋を呼んでいる。焦点となっているのは、船の安全性と平和学習の在り方だ。
転覆した船は「不屈」と「平和丸」。船を運航していた「ヘリ基地反対協議会」は、沖縄県の米軍普天間飛行場(宜野湾市)の辺野古移設への反対を掲げ、2004年から船やカヌーなどを使った海上での抗議活動を行ってきた。移設に関心を持つ人やジャーナリストらが乗船し、現場を視察することもあった。
しかし平和学習とは、戦争の悲惨さや平和の尊さについて学ぶものだ。このような「抗議船」に乗ることで生徒が平和について深く考えるようになるのか疑問が残る。
死亡した「不屈」の船長は日本基督教団佐敷教会(南城市)の牧師で反基地運動に従事していた。こうした活動は、戦後に左傾化した日本基督教団と軌を一にするものだろう。
キリスト教主義の同志社国際高は日本基督教団との関係が深い。23年から平和学習として抗議船で移設工事の見学をしていたのも、船長との縁があったためだが、教育に求められる政治的中立に反していると言わざるを得ない。偏向した平和学習によって尊い人命が失われたのであれば、その責任は厳しく問われなければならないだろう。
ヘリ基地反対協議会の構成団体でもある日本共産党の機関紙「しんぶん赤旗」は4月12日付で「普天間 闘いの原点は 赤嶺政賢前衆院議員に聞く」という記事を掲載。日米両政府による普天間返還合意から30年を迎えたことの関連記事だが、この中で赤嶺氏は事故について「本当に痛ましい」とする一方で「事故を口実に平和学習や新基地反対運動を攻撃する誹謗(ひぼう)中傷は許されません」と述べている。
船の安全性の問題と抗議活動の是非は別だということなのだろうが、本当にそうなのか。24年6月に名護市で、移設への抗議活動でダンプカーの前に出た70代女性と制止しようとした警備員の40代男性がひかれ、警備員が死亡し、女性が重傷を負った事故を見ても、移設反対派の「安全軽視」は否定できない。
今回の事故でも、生徒を船に乗せて沖に出るのであれば安全確保が大前提だったはずだ。ところが転覆した2隻は、海上運送法に基づく事業登録がなかった。当時、現場は風速4メートルで波浪注意報が出ていたが、2隻は出航している。「安全軽視」が事故につながったのであれば看過できない。
出航に関しては、同志社国際高の西田喜久夫校長も「船長の判断にお任せした」と述べている。判断を船長に丸投げした学校側の姿勢も批判されて然(しか)るべきだ。
事故を受け、文部科学省は今月7日、全国の教育委員会などに、校外活動の安全確保の徹底や、特定の考え方に偏った教育活動になっていないかの確認を求める通知を出した。特に船舶を利用する際は、海上運送法の許認可を取得した業者を選定すべきだとし、業者と「不明朗な関係」を持つことがないよう強調している。
日米同盟の抑止力を維持するとともに、普天間の危険性を除去するには、辺野古移設が欠かせない。平和学習の中で、逆に平和を脅かしかねない左翼的なイデオロギーの刷り込みが行われているのであれば是正しなければならない。





