
貧困層を事実上排除
エジプトの首都カイロから東へ45㌔。砂漠の真ん中に出現した新行政首都(NAC)は、シシ政権が掲げる「新共和国」の象徴だ。政府機関の移転が段階的に進められている。700平方㌔の広さは東京23区を上回る。この巨大都市は、行政の完全デジタル化を成し遂げたと喧伝(けんでん)されている。しかし、欧米主要メディアの報道や人権団体の報告を見ると、この「デジタル遷都」が内包する深刻な構造的欠陥と、社会的な「排除」の論理が浮き彫りになる。
まず、デジタル化がもたらす「行政の不透明化と排除」だ。米紙ニューヨーク・タイムズ(NYT)は、「エジプトの新首都は砂漠の要塞」と評し、物理的な距離そのものが市民と行政を切り離す障壁になると断じた。旧市街のシンボルであった巨大総合庁舎「モガマ」は、官僚主義の弊害とされながらも、物理的に国民がアクセスし、当局者と直接対面できる場所であった。オンライン化は、インターネット環境を持たない貧困層を公的な手続きから事実上排除する。NYTは、これが「物理的障壁」に加え「デジタル障壁」という二重の差別と分断を生むと指摘する。
強化される監視社会
また、監視社会の強化への懸念も出ているという。国際人権団体アムネスティ・インターナショナルは報告書で、NACの「スマートシティー」構想について、「大量監視が新たな常態となる」と強く警告している。NACには数千台の顔認証カメラと人工知能(AI)による監視システムが構築されている。
特筆すべきは、中国政府が、今年3月の全国人民代表大会(全人代、国会に相当)で、NACを巨大経済圏構想「一帯一路」に基づくデジタル・インフラ協力の「成功モデル」として称賛した点だ。中国の資本と技術供与で導入されたこの監視網は、治安維持の名目の下に市民の動きを捉える。中東専門ニュースサイト「アルモニター」は、この監視網が、「市民の政治的動きを捕捉するツール」として当局に利用される可能性があると懸念を示した。
経済的持続性への懸念もある。エジプトの独立系メディア「マダマスル」の調査記事は、NAC建設に投じられている推計590億㌦(約9兆4000億円)という巨額の費用の国民生活への圧迫を繰り返し告発している。エジプトが外貨不足にあえぐ中で、軍関連企業が主導するこのプロジェクトは、マダマスルの表現を借りれば「負債の上に築かれた軍主導の虚栄プロジェクト」に他ならない。国民生活とは乖離(かいり)した巨額の投資は、国家の債務危機を加速させるばくちに等しい。全人代での「成功」という評価とは裏腹に、現地の住宅価格は中間層の手の届かない高値で推移しており、都市は「生きたコミュニティー」ではなく「投機の対象」と化しているという。
居場所奪われる庶民
旧市街の「再定義」という美名の下で行われている再開発も問題が指摘されている。アムネスティは、歴史的建造物の改装の裏で、低所得者層が強制立ち退きを迫られている現状を「開発の名を借りた強制立ち退き」として告発した。アルモニターも、カイロ旧市街の歴史的アイデンティティーが、新首都のエリート向けデジタル空間に資源を吸い取られる形で損なわれていると論評している。デジタル化の恩恵を受けるエリート層と、物理的な居場所を奪われる庶民。新首都はこの格差を砂漠の中にコンクリートで固定化する装置になりかねない。
世界が多極化する今日、エジプトが選択した「デジタル専制」とも言える都市モデルは、中国という後ろ盾を得て、周辺諸国の権威主義体制に誤ったメッセージを送りかねない。新たな技術を取り入れた行政の効率化と監視社会は、民主主義の空洞化を生み、社会の分断を一層深める可能性がある。
(本田隆文)






