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高校授業料無償化が招く公立高の「定員割れ、沈下」を指摘した新潮

満開の桜の下で希望に胸膨らます新高校生
満開の桜の下で希望に胸膨らます新高校生

過疎地域の影響深刻

 新年度から全国で高校授業料無償化が始まる。文部科学省は「教育の機会均等」を謳(うた)うが、実際は公立高校の沈下を招き、中学受験の激化と経済力による格差を生み、過疎地域の公立校の先細りがやがて地域の衰退へと繋(つな)がっていくという可能性をもたらす。

 週刊新潮(3月26日号)が「私立高無償化は害悪でしかない」の特集を載せた。長く議論されたが、結局、文科省が決めた方向は修正されることなく実施に至る。こうした懸念に対する明確な回答、対策もなく、言ってみれば、分かり切った“弊害”に向かって突き進んでいるのだ。

 一部の進学校を除いて、創立120~130年もある伝統校といえども定員割れが起きている。経済的負担が同じならば、保護者や生徒は「制服がかわいい」とか「指定校が多い」とかで私立高に足が向いてしまいがちだ。定員に満たない公立校は学力の達していない生徒を抱えることになり、ひいては高校全体のレベルを引き下げることになる。

 過疎化の進む地域はもっと深刻だ。同誌は「大学ジャーナリストの石渡嶺司氏」の指摘を紹介した。「過疎化が進む地域では、公立校は“最後の産業”という側面を持っています。電車やバスなどの公共交通機関も、毎日使ってくれる高校生が主なお客さんになっている場合が多い」という。

 通ってくる高校生だけではない。教職員、その家族、子弟などの関連人口が抜けるとなれば、地域の商店やサービス業、さらには小中学校にまで影響が及ぶのは目に見えている。地域から高校が1校なくなるだけで、経済や社会活動への波及は大きく、この「最後の産業」という視点の紹介は重要である。ただ、文科省は率直に言って過疎地域の高校はなくてもいいと考えているのか、同誌は問うてみるべきだった。

中学校現場にも変化

 私立高進学が多くなると中学校現場にも変化が起こる。公立校の入試は3月だが、私立高の入学は2学期のうちに決まるところが多い。するとこれらの生徒は卒業までの数カ月間、勉強に身が入らなくなる。受験勉強を続ける生徒とクラスの中が二分されることになる。それがいい状況のわけがない。

 「11月から2月までの3カ月間の過ごし方は重要」で、「私立単願組と都立受験組とでは大学進学時に明確な差が出ます」と「(東京)都内で塾講師を20年以上務めてきた東田高志氏」は指摘している。

 また、5教科受験の公立と3教科あるいは推薦で済む私立とでは、4月の新学期を迎えて、学力の差は歴然となる。「義務教育段階の理科や社会を放り投げることは、学力格差だけでなく先々の経済格差をも広げる深刻なリスクとなる」と「慶應義塾大学の赤林英夫教授」は警告する。

 東田氏は「一連の無償化で最も喜んでいるのは、実は中学受験の塾業界」だと言う。「“ちょっと無理をすれば私立中に通わせられるかも”と考える比較的余裕のある層は、高校無償化によって中学受験にいっそう目が向きます。無償化で浮いたお金を塾代に充てるわけです」と。これでは「教育費の負担減という理念は全く機能して」いないことになる。

 高校無償化をはじめ、部活の地域移行、コミュニティースクール(学校運営協議会)など、一連の文科省の政策は「少子化」を見据えた対策なのだろう。だが、これらは狙いとは裏腹に、ますます地方を細らせ、学校の体力を奪っていくように見えてならない。諸外国が羨(うらや)む「部活」がなくなり、休止や解散の流れが止められないPTAを代替するコミュニティースクールを導入するも、これらを支えるよう期待されている地域そのものが崩壊しつつある現状が文科省には見えていないのか。

学校再編図る文科省

 高校は今後ますます淘汰(とうた)されていくだろう。私立高は過疎地にまでスクールバスを回して生徒を集めている。特別進学クラス、スポーツ特待などで学校の名を売り、県境を越えてまでトップ層の生徒をかき集めてしまう。これでは公立校が沈下していくのは当然だ。高校無償化はこれに拍車を掛ける。

 文科省は「教育費負担軽減」を名目に学校再編を目論(もくろ)んでいるとしか見えない。ならば美名で包装せず、本音で地方と高校の在り方を語るべきだ。同誌にはそこまで問題意識を広げてほしかった。

(岩崎 哲)

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