新党「中道改革連合」(中改連)が衆院選で大敗した要因に「中道」のスタンスは文字通りの中道ではなく実質「リベラル」と受け止められたこともある。
総合月刊誌「潮」は公明党と創価学会と関係が深い。その3月号に、政治学者の中島岳志が論考「政界再編に向けた新たな枠組み作りへ──『中道』ビジョンへの期待。」を寄稿している。その中で、中島は中改連の結成に「正当性」があると強調しているが、その正当性の一つは「価値観の問題だ」というのだ。
中島は価値観の対立軸を「リベラル」対「パターナル」と色分けしている。この分類の延長線で、公明と立憲民主党は「『リスクの社会化』と『リベラル』を指向」。後者のパターナルは「『父権的』という意味で、国家が個人の価値観に介入する」ことだと説明した上で、「安倍晋三元首相や高市首相は『リスクの個人化』と『パターナル』という組み合わせ」だから、公明とは真逆の価値観なのだという。
世論が保守化する中で、保守の高市政権が支持を集める半面、リベラルの公明と立民への信頼が薄れるのは当然の流れと言える。そして、中改連のリベラル指向を象徴するのは綱領に「選択的夫婦別姓」(夫婦別姓)を掲げたことだ。
保守とリベラルの違いを示す指標は、国によって違うが、日本では家族政策の違いが分かりやすい。伝統的な家族を保守するのか、それとも社会の基本を個人に置く制度を目指すのかで、夫婦別姓は後者だ。
ジャーナリストの池田良子は月刊「Hanada」3月号に「選択的夫婦別姓は『家族死滅』への道」を寄稿している。その内容を詳しく紹介する紙幅はないが、夫婦別姓にしろ「同性婚」にしろ、伝統的な家族を否定する制度を目指す勢力の背景には、家族崩壊を狙う共産主義イデオロギーがある。現在、暴力革命によって家族制度を変えるのは不可能だから、まずは伝統的な家族制度を変更させようと狙うのである。
一人ひとりの人間は弱い存在で、家族制度はその個人を守る役割がある。しかし、その制度が崩壊し、個人がむき出しになる社会では、権力者が人間を支配しやすくなる。共産主義という全体主義はそれを狙っているのである。リベラルは個人をより自由にし、保守は権威主義で個人を不自由にすると思われがちだが、実は逆。リベラルの名の下における個人単位の家族制度は全体主義の一里塚になるのである。
(敬称略)






