北朝鮮は極端な言い方をすれば、韓国を「民族の悲願として統一すべき同胞」とのセンチメンタルな考えを捨て、「主敵」と規定して武力で侵略し占領すべき対象にした。2023年12月の労働党中央委員会総会と翌24年1月の最高人民会議でのことである。
これまで南北交流が進んでいたかに見えたが、北朝鮮から見れば、少しも進まず、このままでは北が期待した交流の果実は何も得られないと見切りをつけての転換だった。
言い換えれば本性を現しただけのことで、北朝鮮にしてみれば、いたずらに南北交流すれば、むしろ発展した韓国の姿が北住民に知られてしまい、北体制や社会の矛盾が浮き彫りにされ、体制維持が難しくなっていく。これを防ぐ強硬策だったと言っていい。流入する韓国情報、K―POPや映画、商品などは北住民を“覚醒”させてしまう危険物だ。韓国ドラマを視(み)ただけで処刑という厳しい統制をしなければ体制維持が難しいのである。
このように情報は体制を揺るがす力がある。それは立場を逆にしても同じで、韓国はこれまで朝鮮労働党機関紙「労働新聞」をはじめとして北朝鮮の出版物の閲覧に制限を加えてきた。共産主義・社会主義体制の国では、機関紙とはニュースを伝えるものではなく、党の政策や路線を公表する公式手段であり、指導者の動静を伝え、思想教育を行う手段だ。共産主義の思想工作に耐性のない自由世界の者が接すれば、少なからず影響を受ける。
それだけでなく、南北に関して言えば、労働新聞等の北朝鮮媒体を通じて、南にいる潜入工作員への指令や、シンパ層への情宣としての内容が織り込まれいる可能性が高い。自由世界でさえ、フェイクニュースに左右されてしまうのだから、思想工作、情報工作に対するリテラシーが身に付いていない韓国民は簡単に操縦されてしまう恐れがあるのだ。
月刊朝鮮(2月号)に「『北朝鮮媒体の開放』推進により揺れる国家保安法」の記事が掲載された。
「労働新聞が2025年12月30日から『特殊資料』でなく『一般資料』に分類され、統一部北朝鮮資料センターなどの取扱機関に行けば誰でも特別な身分確認や閲覧目的の記載なしで自由に見ることができるようになった」
李在明政府が進める対北情報緩和策だ。「われわれの国民は成熟している」という理由からだ。北朝鮮の情報工作に乗せられるほど韓国民は初心(うぶ)ではないということである。
だが同誌はこの李政府の方針に疑問を呈する。閲覧制限の根拠は国家保安法であり、その狙いは「北媒体に対する制限も国民個々人の判断力を不信しているのではなく、韓国社会の構成員のごく少数でもこれを組織的・戦略的に悪用する場合、社会全体に及ぼす波及効果が大きいため維持された防御装置」だと説明した。「リスクを事前に管理する」ためのものということだ。
解除が推進されると、例えて言えば、犯罪を未然に防ぐのでなく、起こってから対処する形に転換してしまうというのが同誌の懸念である。左派が一貫して廃止を追求してきた国家保安法が骨抜きにされるわけだ。
統一部はさらに「北のウェブサイトへのアクセス」への遮断も解除しようとしている。果たして韓国民は李政府が言うように「成熟」しており、工作への耐性も十分なのだろうか、保守メディアの懸念は解けそうもない。






