
政治活動、国民の権利
「信教の自由を守り、信仰者との協力・共同をめざす」―。日本共産党がかつて総選挙で掲げた重点政策の一つである(1983年11月、「総選挙にあたっての訴えと十大重点政策」)。当時、公明党と激しく対峙(たいじ)し、同党母体の創価学会を嫌う宗教団体に共産党は盛んに秋波を送った。政党が信仰者と協力、共同(一緒に力を合わせて事に当たる)しても、ちっとも構わないのである。政治活動は憲法で保障された国民の権利で、共産党もお墨付きを与える。
自民党ベテラン議員は宗教票を得るために何種類もの数珠を持ち歩いていた。宗派によって数珠が違うからだ。教祖の呼び方も重要で、秘書に入念に調べさせていた。創価学会の故・池田大作氏は「名誉会長」「SGI会長」(創価学会インタナショナル会長)と呼ばれたが、今は「先生」である。間違っても「池田教祖様」などと呼べば集票力はガタ落ちだろう(中道改革連合の候補は大丈夫か)。
中道の野田佳彦共同代表が民主党時代の2000年に世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の関連団体から支援を受けていたと報じられている。産経ネット(1月30日)は同年5月21日付の産経千葉版を掲載し、野田氏の選挙区のある千葉県内の宗教団体の選挙対応を報じる中ですでに触れていたと紹介している。
それには「主な宗教団体の小選挙区候補者支援の動き」の一覧表があり、神道政治連盟、県仏教会、創価学会、立正佼成会、生長の家、霊友会、仏所護念会、天理教、MOA、統一教会の10団体の支援動向が記されており、統一教会は県下12選挙区のうち3選挙区で民主党候補を支援していた。こうした宗教団体の活動も公職選挙法に反しない限り、咎(とが)めを受ける筋合いはない。
空恐ろしい人権感覚
高市早苗首相が代表を務める自民党支部が19年に開いた政治資金パーティーを巡って教団関係団体が約4万円のパーティー券を購入していたと週刊誌が報じ、その尻馬に乗って共産党や公明党が高市批判を繰り広げている(共同、時事1月29日配信)。これも政治資金規正法に抵触しない限り、ちっとも構わないのである。
ところが、信濃毎日(長野県)は1月31日付に「統一教会と政治 首相は自ら説明と調査を」と題する社説を掲げ、「与野党が協力して第三者組織を設け、徹底的に調べるべきだ」と魔女狩り裁判や戦前の特高を彷彿(ほうふつ)させる異様な“提言”を行っている。同紙は戦前の「弾圧」批判をしばしば口にするが、その“教訓”を忘れたのか、空恐ろしい人権侵害感覚だ。
朝日は高市首相が解散総選挙を決断すると、1月12日付社説「国民生活より党利党略」で解散よりも「旧統一教会との密接な関係」「高市首相の政党支部の企業献金問題」を国会で答弁せよと迫り、安倍晋三元首相銃撃事件裁判で山上徹也被告に奈良地裁が無期懲役の判決を下すと、23日付社説「悲劇繰り返さぬ社会に」でテロ行為については「決して暴力を許してはならない」の一言で片付け、後は山上被告への“同情”と教団批判に明け暮れ、「(自民党は関係性を)あいまいなまま放置し続ければ、傷は深くなるばかりだろう」と“恫喝(どうかつ)”している。人命尊重もテロリズム批判も忘却の彼方(かなた)である。
総選挙で国民が審判
衆院選が公示されると、「(教団との)関係によって失われた政治への信頼回復が引き続き重要課題であることも忘れてはならない」(27日付社説「国の針路 責任ある論戦を」)と教団=悪=自民党の構図を描き、信教や政治活動の自由は歯牙にもかけない。
そのくせスパイ防止法やインテリジェンス機能効果は「国民のプライバシーの侵害や表現の自由の制約につながりかねない懸念は根強い」と人権を掲げ批判する。朝日は人権や自由を相手によって使い分ける二枚舌を使うのだ。総選挙では閻魔(えんま)様ならぬ有権者から、その舌を引っこ抜かれるやもしれない。
(増 記代司)






