立憲民主、公明の両党による新党「中道改革連合」が誕生した。党勢に陰りが見える両党が「中道」を打ち出し、高市早苗政権への対抗勢力として結集した形だ。中道は仏教思想に由来し、単に右と左の中間という意味ではなく本質に迫るための“道”と解されるが、政治姿勢としては保守、革新(リベラル)どっちつかずの曖昧戦略とも受け取れるから、衆院解散選挙のための「野合」との批判がある。
とはいえ、「保守」と位置付けられる高市政権に対抗するため、リベラル・左派とみられていた政治家も加わり、突如として「中道」を標榜(ひょうぼう)する新党が出現したのを契機に、保守とは何か、を問い直すことは日本の政治理念の深化に資することになろう。
新党立ち上げを予想したわけではないだろうが、「中央公論」2月号が特集「令和の『保守』を読み解く」を組み、日本の保守主義を問い直している。
保守主義の源流と言えば、必ず挙がるのは「フランス革命の省察」を書き「保守主義の父」と言われる18世紀英国の政治家エドマンド・バークと、「アメリカの民主主義」で知られる仏人アレクシ・ド・トクヴィルの名前だ。しかし、二人とも西欧人だから、彼らの考え方を知れば日本の保守が理解できるかと言えば、それは難しい。
あえて簡潔に説明すれば、理性によって社会を根本的に変えることに懐疑的な一方で、歴史のふるいにかけられて残る伝統に人間の英知があると捉え、それを保守しながら緩やかに改革していくという政治姿勢と言える。
自民党は保守党と位置付けられる。立党55年綱領(2010年)は「反共産・社会主義、反独裁・統制的統治」と「日本らしい日本の確立」の二つを目的としながら、「我が党は常に進歩を目指す保守政党である」と謳(うた)っている。
だが、同党の元幹事長で保守派論客として知られる伊吹文明は「中央公論」のインタビューで「自由と民主主義を守る現実処理能力にたけた政党で、自由と民主主義を前提とした保守とリベラルの混在政党」と述べている(「保守とは謙虚な思想である」)。
一方、評論家の辻田真佐憲は、歴史観の観点からより保守理念の本質に迫る論評を行っている(「『横のナショナリズム』時代に必要な国民の物語」)。自民党のほか参政党や日本保守党も「保守」とみられるが、共通するのは「横のナショナリズム」だという。戦前は「神武天皇以来、日本は万世一系で男系男子の天皇」による統治に正当性を置く「縦のナショナリズム」だったのだから、現在の保守には戦前の価値観との断絶があるのは間違いない。
その断絶は敗戦によって生じたもので、戦後の保守主義の底の浅さはこの断絶が要因と言えよう。辻田は「保守本流は経済最優先だったので、戦前の国体論に代わるような国民統合の物語(歴史観)を作ることも後回しにしていた」とした上で、「そろそろ新たな物語を作るターニングポイントを迎えているのかもしれません」と述べている。
保守にとって重要な縦軸からすると、中道・リベラルとの違いは皇室への姿勢のはず。今選挙で、皇位継承問題が経済政策の陰に隠れてしまっているところは戦後、日本で保守思想が曖昧になったことの表れだろう。
(敬称略)






