安倍晋三元首相暗殺事件の被告山上徹也(45)に求刑通り、無期懲役の判決が下った。世界に知られた政治家の命を手製銃で奪った凶行と、被告の生い立ちは直接結び付かないとして死刑に次ぐ厳罰となったのだ。
この判決の意味するところはマスコミ界にとって重大である。報道により社会に流布された宗教虐待の「被害者」として同情だけでなく支援金まで集めた山上像と、公判で提示された証拠・証言を基にした裁判官・裁判員の判断との間に大きな乖離(かいり)があったことを示し、報道の真実性が問われることになったからだ。
“虚像”とも言える山上像が広まった背景には、記者たちの宗教についての無理解と、一部核心的な反宗教活動家の存在があった。しかし、たとえ宗教に深い洞察を持つ専門家でなくても、客観的事実に真摯(しんし)に向き合う姿勢があれば、山上本人と事件の実相に近づくことは可能である。
新聞・テレビとは一線を画し、事件をより客観的に見ることを試みた論考が判決前に店頭に並んだ月刊誌に掲載された。弁護士でジャーナリストの楊井人文の「安倍元総理暗殺事件 裁判傍聴記」(「Hanada」1,2月号)と、著述家・加藤文宏の「山上家の深闇」(「正論」2月号)だ。
公判は判決を含め16回開かれた。楊井は原稿執筆時点までに開かれた14回のうち抽選で外れた2回を除くすべてを傍聴した。その動機として、本人は二つの理由を挙げた。首相経験者が暗殺された歴史的大事件に法曹3者と裁判員が「どう向き合い、どのように審理して裁くのか。ぜひとも、この目で見届けたい」と思ったからだ。
もう一つは、山上の「不遇な生い立ち」、とりわけ母親が入会し高額の献金を行った世界平和統一家庭連合(家庭連合、旧統一教会)によって「家族とともに人生が狂わされたというナラティブ(物語)が流布(るふ)され、社会の関心が事件そのものより『旧統一教会と政治の関係』に移っていったことに違和感があったからだ」。
楊井が1月号で強調したのは、事件は山上による計画的なテロだということ。法廷で証言台に立った警察官は山上の部屋を捜索した時、「テロリストのアジトのように感じた」と言い、検察官は、「犯行現場で使われたものとは別に、六丁の手製パイプ銃が見つかったと説明」した。これだけ見ても山上はテロリストだと断言できる。
一方、加藤の論考は「山上家をサポートし山上被告から信頼されていた」教団のA元教会長を取材した上で執筆されている。山上は「兄のため心を砕いてくれるA氏に感謝してスニーカーをプレゼント」した。母親が献金した1億円のうち5000万円を教団が返金することになったことについては母親と山上を含めた兄妹3人が合意していたことも明らかにした。
マスコミは、母親が家庭連合の信仰を持ったことで、山上家が崩壊したかのように報道した。しかし、楊井の2月号と加藤の論考を総合すると、実情は違い、母親の信仰以前に、父親の自殺、長兄の病気などがあった。母親はこうした不遇からの救いを願ったのだろう。
「母は子供たちに信仰を強制していない」(加藤)。山上が幼少期から宗教虐待の被害を受けていたというのは、宗教に対する偏見が下地となって作られたナラティブと言える。
ただ、山上家の不遇に対して、家庭連合がまったく無関係だったということではない。A氏は、母親が韓国人のためにあった韓日人教会に通ったために、日本の文化や家族のことが理解されなかったことが多額の献金の背景にあったと述べている。しかし、これはテロの直接的要因ではない。
マスコミが意図的に山上の動機に焦点を当てて報道したことで凶行はテロだということが曖昧にされてしまった。さらに、一遠因だった教団の問題が主因にすり替わり、加害者が被害者に、被害者が加害者に逆転される現象が起きたのだ。しかし、無期懲役の判決が下ったことは、法廷で明らかにされた事実は偏向報道によって広まったナラティブと懸け離れたものだった。今後、社会に問われることはそれを受け入れることができるかどうかである。






