
イエスの「安息日」論
新約聖書「ルカによる福音書」第13章には、イエスが安息日に病の人を癒やした話が記述されている。イエスを糾弾しようとした律法学者や会堂司は「安息日には何もしてはならないと律法に書かれていることを知らないのか」とイエスを批判した。するとイエスは「病んでいる人を癒やすことが間違いか。安息日は人のためにあるのであって、人は安息日のためにあるのではない」と答えている。
ところで、トランプ米政権が3日、ベネズエラに軍事介入し、独裁者マドゥロ大統領夫妻を拘束し、米国に移送した出来事に対し、「主権国家を軍事力で侵攻することは国際法と国連憲章に違反する」として、欧州メディアでも「国際法」論争が展開されているが、上記のイエスの「安息日」論はそれにユニークな視点を投げ掛けている。
そこでトランプ氏をイエスとし、国際法を律法(安息日)としてみよう。トランプ大統領はマドゥロ大統領が麻薬取引を主導し、米国に密輸してきた張本人だとして、米国民の安全のためにベネズエラに軍事侵攻した。律法学者のようなメディアや政治家は早速、「主権国家を軍事力で蹂躙(じゅうりん)することは国際法に違反する」と糾弾する。するとトランプ氏は「国際法は人間の幸せのためにあるもので、人間は国際法のために存在するものではない」と弁明した場合、どうだろうか。
戦後何度も破られた
戦後の世界の外交史では実際、国際法は何度も破られてきた。例えば、1998年から99年にかけて、北大西洋条約機構(NATO)はセルビアのミロシェビッチ政権に対し、虐殺とイスラム教徒追放を止(や)めさせるためにベオグラード空爆を行った。この行動は、国際法上の「合法性」と、人道的な「正当性」の間で論争を巻き起こしたが、国際社会は最終的には容認した。
国際テロ組織アルカイダの最高指導者オサマ・ビン・ラディンは2011年5月2日、パキスタンのアボタバードにある隠れ家で米海軍特殊部隊(ネイビーシールズ)の急襲を受け、銃撃戦の末に殺害されたが、米国の行動は国際法上は違法だったが、左派メディアですら「国際法違反だ」と非難しなかった。
ベネズエラ軍事介入と国際法の関係について、ドイツ与党「キリスト教民主・社会同盟」(CDU/CSU)議員連盟の外交政策担当、ユルゲン・ハルト氏はドイツ民間放送ニュース専門局NTVとのインタビューで、「トランプ政権の行動は国際法違反に当たるという批判は的外れだ。重要な点はベネズエラが安定し、国民が幸せになることだ。マドゥロ大統領の下で多くの国民が弾圧され、国外逃避している。同国の原油資源は国民の幸福のために使用されていない。米国の軍事活動が国際法に合致しているかを侃々諤々(かんかんがくがく)と議論するより、何が結果的に多数の国民の利益となるかを考えるべきだ」と主張している。
スターマー英首相は「ベネズエラのマドゥロ大統領の退陣を悲しんでいない。われわれはマドゥロ氏を非合法な大統領と見なしており、彼の政権の終焉(しゅうえん)に涙は流していない。英国は長年にわたりベネズエラの政権交代を支持してきた」と述べている。
国際法より良心が上
ちなみに、NTVの政治問題主任論説委員のニコラウス・ブローメ氏は6日、「米国のマドゥロ拘束への批判は滑稽だ」という見出しで解説記事を掲載している。同氏は「カラカスで独裁者が権力の座から追放された後、国際法や世界秩序に対する懸念は、歴史的事実に反し、誇張されている。マドゥロ氏の逮捕によって世界(秩序)が崩壊することは決してない。国際法も同様だ」と言い切っている。
なお、トランプ氏は米紙ニューヨーク・タイムズの質問に答え、「外交政策において自らを縛るのは自身の良心だけだ。私の道徳心、私の精神、それが私を止められる唯一のものだ」と述べている。トランプ嫌いのメディアからは批判を受ける発言かもしれないが、トランプ氏は国際法の重要性を認める一方、「良心が国際法より上位にある」ことを明確にしたわけだ。
小川 敏






