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スパイ防止法制定の動きを「民主主義の危機」と批判する朝日の牽強付会

言論の自由脅かす?

 朝日は元旦社説「つなぐ’26 退潮する民主主義 『分断の罠』に陥らぬよう」で、「世界における独裁的国家の数(91)が、民主的国家の数(88)を2002年以来初めて上回った――」とし「共産主義と対峙(たいじ)した冷戦が終わり、軍配が上がったかにみえた民主主義は、試練にさらされている」と世界的な「民主主義の危機」を問題提起した。

 「世界の民主主義の現在地を考えてみたい」との書き出しで始まった同社説は、次に「日本の現在地」へと論が進む。そして「高市政権が意気込むスパイ防止法は、権力を法で縛る『法の支配』から、法で市民の権利を狭める転換点になりうる。報道活動の萎縮を生む特定秘密保護法に続き、『外国から日本を守る』ことを名目に言論への規制を強めかねない」といきなり反スパイ防止法の論陣を張る。

 民主主義の基本は政府を法で縛り、すべての市民が法の下で平等な保護を受けることにあるとする朝日は、スパイ防止法こそは市民の権利と言論の自由を脅かす懸念があるというのだ。

 だがこれはあくまでためにする主張だ。権力を法で縛る「法の支配」が、民主政治のベースになることは論をまたない。だが権力を縛り上げること自体が、目的になってしまっては「角を矯(た)めて牛を殺す」ことにもなってしまいかねない。

対立構造でしか見ず

 主権行使の主体である政府は、外部環境のある有機的な生命体だ。その生命体を政府対市民および報道機関との対立構造でしか見ない視野狭窄(きょうさく)こそは、無意識にしろ恣意(しい)的にしろ朝日の欠陥だ。今年の干支(えと)は馬とはいえ、ブリンカー(遮眼革)を強いられた視界不良の目では、肉食獣の襲撃を避け自由に野山を駆け回ることはできない。ブリンカーが有効なのは、他の馬の動きで気が散って自分の走りに集中できないことを避ける馬場だけだ。朝日の元旦社説は、反スパイ防止法を扇動するために「民主主義の危機」に無理やり結び付けた牽強(けんきょう)付会でしかない。

 見渡せばわが国の周囲には、ウクライナへ侵略戦争を仕掛けたロシアがあり、台湾に対し武力統一をも辞さないと公言する中国や核開発に余念がない北朝鮮がある。

 そうした脅威に囲まれた日本でスパイ行為は事実上野放しされ、諜報(ちょうほう)活動が非常にしやすいスパイ天国と揶揄(やゆ)される状況がある。

 現状ではスパイ行為が行われた後、窃盗罪だとか横領罪だとかで捜査が始まる。スパイ行為そのものを取り締まれないからだ。現行法の特定秘密保護法やセキュリティークリアランス法にしても、スパイ行為そのものを取り締まる法律ではない。

 そもそも世界の中でスパイ防止法がない国は、日本ぐらいなもので、このこと自体が異常だ。こうした機密を守れる国家になっていないのは、同盟国との信頼関係を著しく損ねもする。日本と危機管理情報など共有しようにも、いつ敵性国家に流れるかもしれないとなれば情報共有に歯止めがかからざるを得ないからだ。スパイ防止法は日米が結束する上で、とても重要な課題となっている。

冷徹な情報分析怠る

 朝日は昨年元旦社説「不確実さ増す時代に 政治を凝視し 強い社会築く」で、不確実さの主因をトランプ米大統領に求めた上で、一昨年のノーベル経済学賞受賞者アセモグル氏の言葉「放置すれば『国家』は市民を圧しにかかる。『社会』の側が国家を監視し、足かせをはめる必要がある」を借りて、有権者は臆することなく主張し強靭(きょうじん)な社会構築を急げと説いた。

 こうして見ると政府イコール悪と決めてかかる朝日の基本姿勢は変わっていない。

 メディアには脅威に対し警鐘を乱打する役割がある。だが脅威の真相を見定める冷徹な情勢分析を怠り恣意的誘導ばかりしているようでは、隣国である権威主義国家の中露、北朝鮮を利するだけだ。

(池永達夫)

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