
10種類の言語に対応
中東のアラブ諸国で近年、イスラム教の伝統的実践と人工知能(AI)技術を結び付ける試みが進められている。とりわけ、宗教的見解を示すファトワ(宗教令)や、教典であるコーランの学習、朗読といった分野にAIを導入する動きは、宗教の権威や学習の在り方そのものにも関わる問題だ。
イスラム教の二大聖地を擁し、「イスラムの盟主」を自任するサウジアラビアでは、宗教当局が、AIを活用したコーラン学習プラットフォーム「マクラー」を立ち上げた。サウジのニュースサイト「アジェル」によると、このプラットフォームは2025年3月に正式に発表され、世界中の学習者がオンラインでコーラン教育を受けられる仕組みとなっている。
アジェルによれば、マクラーは10言語に対応しており、アラビア語に加え、英語、ウルドゥー語、インドネシア語など、非アラビア語話者の利用も想定して作られている。AIは学習者の進捗状況や能力を分析し、朗読や暗記のための個別学習プランを提示する役割を担うという。
また、サウジ紙アラブ・ニュースによると、このマクラーが単なる教材の配信にとどまらず、シャリア(イスラム法)に基づいて、学習成果を評価したり、修了証を発行したりすることが可能という。
生成AIに先んずる
一方、アラブ首長国連邦(UAE)ドバイのイスラム問題・慈善活動省は、AIを活用したファトワ提供サービス「バーチャル・イフタ」を導入した。ドバイ紙ガルフ・ニュースによると、宗教的な質問に対し、AIが即時に回答を生成する世界初の公式サービスだという。ただ驚くのは、これが人との対話を特徴とする「生成AI」が世に出回る前だった点だ。
利用のしやすさからあっという間に世界に広がったオープンAIの生成AI「チャットGPT」がリリースされたのは22年11月で、バーチャル・イフタがサービスを開始したのは2019年10月だ。
同紙によれば、このサービスはドバイ政府の未来戦略「ドバイ10Ⅹ」の一環として開発されたもの。利用者はオンライン上のチャット機能を通じて、礼拝や、肉体的、精神的な清潔さを守るための「清浄」に関する宗教的質問を行うことができる。
回答はすべてAIによって自動生成される。ガルフ・ニュースによると、回答の画面には「AI技術による自動応答」であることを示す注意書きが明示され、間違っている可能性があることを利用者に周知しているという。ラマダン(断食月)やザカート(喜捨)など、さらに対象を拡大する計画も示されている。
これによって、従来、イスラム法学者など専門家に相談する必要があった宗教的判断を、デジタル空間で短時間で容易に受けることができるようになり、宗教的助言を得る方法が大きく変わる可能性がある。
あくまで補助的手段
当然、宗教的助言をAIに依存することに賛否の声が上がっている。宗教判断や学習を効率化したり、助言を受けやすくしたりといった利点がある一方で、宗教的権威を誰が担うのか、AIの解釈が正統性を持ち得るのか、間違った助言を受けて間違った解釈、実践に至った場合に誰が責任を持つのかといった問題も浮上する。
ガルフ・ニュースも、AIファトワはあくまで補助的な位置付けであり、最終的な判断は人間の学者に委ねられるべきだとの見方が宗教界では有力と指摘している。伝統を重んじる宗教と、最新技術から生まれたAIの融合は興味深いが、慎重な意見が出てくるのは当然だろう。
サウジ、UAEでのこれらの取り組みは今後、他のイスラム圏や宗教圏にも影響を及ぼす可能性がある。伝統を重んじつつ、どこまでAIを受け入れるのか、模索は始まったばかりだ。
(本田隆文)






