
自民党が11月15日に創立70年を迎えた。人で言えば、古希である。古希の由来は唐代の詩人、杜甫の七言律詩「曲江」の一節、「人生七十古来稀(まれ)」(昔から70歳まで生きる人は稀だ)に依(よ)るという。政党としても70年は稀だ。もっとも日本共産党は100年以上で、こちらは未(いま)だ共産主義にしがみ付く「おめでたい」政党だが、自民党にはまずは「おめでとう」と祝したい。少なくとも70年、共産主義に屈せず自由を守ってきたからだ。今後はやり残した課題に果敢に挑んでもらいたい。そんな感想を抱く。
各紙は15日付社説でそろって自民党創立70年を俎上(そじょう)に載せたが、筆者と同じ思いなのは産経と本紙の2紙だけのようだ。産経は「保守の精神忘れず再建を」、本紙は「原点の憲法改正へ奮起せよ」と保守と改憲をキーワードに据える。いずれも自民党の立党の理念だ。他紙はほぼこれを無視し、逆に保守改憲潰(つぶ)しの論調を張っている。
「包括政党」に違和感
読売の「国政の中軸を担う責任果たせ」は保守のホも改憲のカの字も書かない。「(戦後の長期間)幅広い民意をくみ取る『包括政党』として政権を担い、経済や社会の発展のために尽くし」と評価するが、包括政党には違和感を抱く。左右のイデオロギーに関係なくさまざまな政策を展開する政党を包括政党と呼ぶが、自民党ほど左のイデオロギーと戦ってきた政党は(旧民社党を除いて)他にないからだ。
創立直後には反安保の「(左の)民意」と壮絶に闘い、1970年代には革新自治体との保革対決を制し、80年代には旧ソ連の軍事脅威をしのぎ、冷戦終焉(しゅうえん)後の90年代には国連平和維持活動(PKO)協力法などを成立させ、今世紀には一時、野党に転落するも保守理念を再提示し政権奪還。「戦争のできる国」といった罵倒を退けて平和安全法制を成立させ、日本の命脈を保った。
いずれも「(左の主張を含む)幅広い民意」をくみ取っていれば、実現できなかった。強固な保守理念があったればこそ、自民党も命脈を保ってきたのである。読売の「幅広い民意」は経済・労働政策の一面にしかすぎない。
朝日は「『国民政党』揺らぐ看板」で、「結党時から掲げる『国民政党』として、多様化した価値観を調整し、社会の分断を防ぐ役割を果たせるかが厳しく問われる」と国民政党と多様化の文言を躍らせた。
国民政党とは階級政党(つまり共産党や旧社会党)の対義語で、本紙社説が指摘するように自民党のそれは「暴力と破壊、革命と独裁を政治手段とするすべての勢力又は思想をあくまで排撃」(立党宣言)し「正しい民主主義と祖国愛を高揚する国民道義を確立」(政策活動大綱)する保守政党のことだ。共産主義を内包する「多様な価値観」とは縁もゆかりもない。
「朝日言説」に染まる
ところが、朝日は「特定の階級、階層に立脚するのではなく、国民全般の利益と幸福に奉仕する『国民政党』」と建前論を持ち出し「(高市政権の)憲法改正やスパイ防止法の制定、外国人への規制強化、選択的夫婦別姓ではなく旧姓の通称使用の法制化など、打ち出される一連の政策」を一部保守層の支持を取り戻す方便のように言い募る。朝日のメガネではそう見えても、どの政策も国民全般の安寧な生活を守るためのものだ。
毎日の「未来担う政党たり得るか」は、「多様な声をすくい上げ、国民全体の利益を追求する『国民政党』として再生」できるかと、朝日同様に「多様」「国民政党」を多用し、日経の「自民は結党70年の再出発を」も「国民の価値観は多様」と「多様」を強調する。地方紙では北海道が「『国民政党』の原点自覚を」で、「軸足をより右に置くのか、今後も国民政党を目指すのか」と彼らの言う「国民政党」が左であることを白状し、中日の「どこへ行く『国民政党』」も、ほぼ同じ論調だ。こんな具合に新聞界は「朝日言説」に今なお染まり、「一つの妖怪」を徘徊(はいかい)させているのだ。
(増 記代司)






