
「難民の帰還難しい」
ドイツのメルツ政権の重要な課題は停滞する国民経済の回復と不法な移民・難民問題の解決だ。後者では、メルツ政権は発足後、国境監視を強化する一方、国内の不法な移民・難民を強制送還してきた。メルツ政権の強硬な難民・移民政策はメルケル政権(在任2005年11月~21年12月)の難民ウエルカム政策からの完全な決別を意味すると受け取られている。
ところで、ワーデフール独外相が10月31日、訪問先のダマスカスでの記者会見で「多くのインフラが破壊されているため、ドイツからシリアに帰国を願う難民は非常に限定される。短期的には、多くのシリア人は自発的に帰国しようとすることはないだろう」と述べた。
外相のダマスカスでの発言が報じられると、メルツ首相の与党「キリスト教民主同盟」(CDU)や姉妹政党「キリスト教社会同盟」(CSU)から「外相の発言は政府の難民政策に反している」といった批判の声が出てきた。ベルリンでシリア人の男性がテロ攻撃を計画した疑いで逮捕されたばかりだったこともあって、外相の「シリア人難民の帰還は難しい」発言は与党関係者に強い反発を引き起こしたのだ。
ドイツ民間放送ニュース専門局NTVはワーデフール外相の発言を大きく取り上げ、政府与党関係者にインタビューしている。ザクセン=アンハルト州のCDU党首スヴェン・シュルツェ氏は「帰還先の国が部分的に破壊され、生活環境がドイツよりも劣悪だからといって、シリア難民の送還を控える理由にはならない」と反論。
ドイツの場合、シリアからの難民の送還問題は大きな課題だ。強制送還の対象は犯罪歴のあるシリア人のほか、失業者も含まれる。CDU/CSUと社会民主党(SPD)間で締結された連立協定は「ドイツはシリアへの強制送還を再開すべきである」と規定している。内戦が終焉(しゅうえん)し、半世紀以上続いたアサド独裁政権が昨年12月崩壊した現在、スンニ派アラブ人がシリアに帰国せず、ドイツ国内にとどまる理由はもはやないというわけだ。
「帰還」「送還」の違い
ドブリント内相(CSU)は3日、マンハイムで開催された市町村会議の開会式で、「連立協定を厳格に遵守(じゅんしゅ)し、シリアへの送還準備を進めている。ドイツでは既にアフガニスタンへの犯罪者の送還を開始した。また、定期便による定期的な送還の実施にも取り組んでいる」という。
メルツ首相はキールでの記者会見で、「ワーデフール外相は国外追放に反対するとは言っていない。外相はダマスカスの一部地域を訪問し、そこは甚大な被害を受けただけでなく、一部に地雷が埋まっていた、と説明しただけだ。それを『シリアへの強制送還は事実上不可能だ』と発言したと誤解されている」と、側近の外相の発言内容を弁明している。
ここで明確に区別しなければならない点は、「帰還」と「送還」の違いだろう。「帰還」はあくまでも自発的に行われるものであり、「送還」は法に基づく義務を意味する。戦火で荒廃したダマスカス郊外を視察したワーデフール外相は、「シリアでは人々が尊厳を持って暮らすことはほとんど不可能だ。シリアの現状ではドイツからの自発的な帰還件数は少ないだろう」と説明し、シリアの「不都合な現実」を率直に伝えたわけだ。
シリアと協議の予定
ドイツには約95万人のシリア人が滞在している。同外相の発言が誤解された背景には、移民・難民政策がドイツではデリケートな問題だからだ。ドイツでは登録住所に住み、仕事を持ち、子供を学校に通わせている人々、つまり社会にうまく溶け込み、規則を守っているシリア人が国外追放されるケースも出てきている。
メルツ首相は「シリア内戦は終結した。ドイツはシリア難民を受け入れなければならない義務はない」と述べ、シリアのアハメド・アル=シャラア暫定大統領をベルリンに招き、この問題について協議する予定だという。シャラア大統領は欧州に避難したシリア人の帰還を歓迎すると語っている。
(小川 敏)






