ロボットで自動授粉
10月上旬、2人の日本人がノーベル賞を受賞した。一人は生理学・医学賞で、もう一人は化学賞での獲得。今回の受賞はモノづくり大国としての面目を保ったと言える。もっとも、わが国が今後もなおアジア諸国においてさえモノづくりにおける優位性を保つことができるかと問われれば、韓国や中国、さらには台湾などの猛追によってその地位が危ぶまれているのも事実なのである。
そうした中で、週刊東洋経済(10月11・18日)がモノづくりにかけるベンチャー企業の様子を特集した。「すごいベンチャー100」と題したこの企画は、同誌が2016年から毎年続けているシリーズ物で、100社のベンチャー企業を紹介。人工知能(AI)時代の昨今、ベンチャー業界を取り巻く環境も激変しており、そうした中で好機を掴(つか)み、真の競争力で生き抜くベンチャー企業を探っている。

ところで政府は22年11月に「スタートアップ育成5か年計画」なるものを策定した。独創的なアイデアでスタートアップした企業に対して、人材やネットワーク、さらには資金などの面からバックアップし、第二の創業ブームを実現するのが目的。当時、政府は総額10兆円の投資額を設定し、27年までの5年間にスタートアップ企業10万社、将来的にはユニコーン(企業評価額10億㌦以上の未上場のテクノロジー企業)100社を創出することも目標に置いた。
そうした中で今回、東洋経済が挙げるベンチャー企業を見ると、ユニークな企業が目立つ。例えば、AIを駆使して開発した自動授粉ロボを手掛けるHarvestX(本社・東京都、20年設立)は、ミツバチならぬ自動授粉ロボットでイチゴの授粉を行うという。ひところミツバチが足りなくてイチゴ農家が悲鳴を上げていたが、そうしたイチゴ農家には朗報だろう。ロボットはミツバチよりも授粉率が高く90%を超えるという。現在、日本農業は高齢化と担い手不足という課題を背負っているが、同社は収穫から古くなった葉を取り除く葉かき作業の自動化にも取り組む。
新しい炭素材料開発
一方、新炭素材料で電池業界に新しい波を起こしつつあるのが3DC(本社・仙台市)。東北大学の西原洋知教授(同社CSO=最高戦略責任者)が開発した新しい炭素材料グラフェンメソスポンジ(GMS)を使うことで、従来の炭素材料の電池より容量は25%増、サイクル寿命は30%延長できるという。「約10年後にはあらゆるEVの電池にGMSが使われ、数百億円規模の売り上げを実現する」「使用できる温度範囲は広く人体にも安全なので、将来は宇宙開発やバイオ・医薬分野にも応用分野が広がる」と意気込む。
特集では、モノづくりの分野以外にも、AIを活用して日本の漫画を英語に翻訳し、北米向けに配信する事業を展開するオレンジ(本社・東京都)や、遠くケニアで中古車購入の担保ローンを手掛けるHAKKI GROUP(本社・東京都)などエンタメ・コンテンツ分野、金融分野に至るまで国内外で展開するベンチャー企業を紹介する。そして、何よりも事業を展開する経営者が30代、40代と若い人材であることが希望を与えている。
ユニコーン8社のみ
ただ問題は、こうしたベンチャー企業の中から政府の「5か年計画」の目標の一つであるユニコーンを生み出すことができるか、ということだ。もちろんすべてのベンチャー企業がユニコーンを目指しているわけではないが、現在、700社以上抱える米国に対して日本はわずか8社(経済産業省調べ)にすぎないのを見れば、政府の計画と業界の実情とにズレがあると言わざるを得ない。事実、同誌もまた「政府の育成計画は曲がり角に立っている」と断言する。
米中による貿易戦争、ロシア・ウクライナ戦争、さらに気候変動や中東問題、西太平洋覇権争いなどさまざまな不安要素が世界を取り巻く中、わが国もまたその影響をもろに受ける。ユニコーン100社目標は別にして、何よりも実体経済の根幹となるモノづくり、いわゆるベンチャー育成に対して政府はより本腰を入れるべきであろう。
(湯朝 肇)





