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実在の人物像歪めドラマを壊してしまったNHK『シミュレーション』

遺族が異議申し立て

久しぶりに「飯村穣」(陸軍中将)という名前がメディアに登場し懐かしく思った。かつて世界日報に「私の『恩師』」という欄があった。2003年、その欄に大正2(1913)年生まれで大本営参謀、戦後は明治薬科大学理事長などを歴任された高橋正二氏が「飯村穣・南方軍総参謀長」を挙げられた。「指揮統帥というものは、ただ命令だけで通るものではなく、人柄対人柄が大切」と身をもって示してくださった「忘れられない」恩師だったという。

高橋氏はその5年後に亡くなられた。猛暑の今年夏、もしご存命だったなら、NHKドラマに激怒していたに違いない。戦後80年関連番組として8月16、17の両日に放送したNHKスペシャルドラマ『シミュレーション~昭和16年夏の敗戦~』。ドラマとはいえ、飯村中将の実像が大きく歪(ゆが)められ、卑劣な人物として描かれたのだ。

飯村中将の人となりを深く知る遺族なら、その憤りはなおさらである。孫で元駐仏大使の飯村豊氏が8月末、記者会見を開き、放送倫理・番組向上機構(BPO)に申し立てる意向を明らかにした(世界日報同27日付)。

原作とも異なる設定

ドラマは昭和16(1941)年12月8日の真珠湾攻撃の8カ月前、総理大臣の直轄機関として新設された実在の「総力戦研究所」を舞台として展開した。そこに集められた専門部の違う若きエリートたちは「模擬内閣」を組織。軍事、経済、国内情勢など各分野のデータを基に、日米開戦を想定した机上演習を行った。結論は「日本必敗」だった。しかし、それは顧みられることなく、政府と軍は勝ち目のない戦争に突き進んでいく過程を猪瀬直樹氏のロングセラー『昭和16年夏の敗戦』を原案に描いた。骨格は史実と言っていい。

だが、明らかに事実と違うものがあった。ドラマで「板倉所長」として登場する、同研究所の所長だった飯村中将の人物像だ。高橋氏が知る人望厚い軍人とは異なり、「空気に逆らってはいいことはない」「ああいうの(敗戦を明言するメンバー)には赤紙が来るぞ」と模擬内閣首相役を脅すなど、率直な意見交換を抑え込む卑劣な人物として描かれている。猪瀬氏の原作でも「演習中、模擬内閣の結論を押さえ込もうという素振りが飯村所長になかった」という証言を紹介していたのにである。

これだけでも唖然(あぜん)としてしまったが、それだけではなく、NHK自身がドラマの後に放送したドキュメンタリー部分のナレーションで「実際の所長、飯村穣はメンバーが自由に議論する環境を整えて、人望厚いリーダーでした」と説明を加えていた。そこまでして、ドラマの中の総力戦研究所所長の人物像を創作した狙いはどこにあったのか、という疑念が湧くのだ。

机上演習における結論は、原爆投下以外はほぼ的中した。要するに、日本の敗戦は、模擬内閣が米国との開戦は「日本必敗」で、東京は焼け野原になるとの結論を出した昭和16年の夏に分かっていたのだ。この歴史の展開に沿うドラマは、それだけで十分視聴者を引き付けることができたのに、余計な創作がしらけさせてしまった。

政府や軍部が「空気」に流され開戦に向かった不条理を強調するため、あえて飯村中将の人物像をねじ曲げたのかもしれない。しかし、その必要性は他人でも感じない。ましてや親族なら「歴史を歪曲(わいきょく)し、捏造(ねつぞう)して伝えるのは遺憾」(豊氏)と義憤を覚えるのは当然である。

視聴者に悪印象付け

善と悪を分けて、その対立構造の中でドラマを展開させた方が分かりやすい。正義は若きエリートたち、悪の側は軍。脚本家は総力戦研究所所長を、国の針路を誤らせた軍部の象徴として位置付けたかったのだろうが、そうしないとドラマを面白くできないというなら、それは脚本家の力量の問題である。いずれにせよ、たとえドラマとはいえ、卑劣な人物像が視聴者に印象付けられたのでは、飯村中将の魂が浮かばれないし、中将を「恩師」として尊敬していた高橋氏も泉下で切歯扼腕(やくわん)しているだろう。

(森田清策)

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