神の約束の地カナン
20世紀は戦争の世紀だったといわれている。多くの犠牲を出した2度の大戦後も東西冷戦の緊張が世界を覆った。それでも世紀末には、共産主義が終焉(しゅうえん)し、新世紀を迎え人類は平和の到来を期待した。しかし、四半世紀たった今もなお平和は実現せず、むしろ戦争の拡大が危惧される状況である。新世紀に入った紛争や戦争をみると、その背景には宗教が大きく絡んでいる。
そうした中で、週刊エコノミスト(7月1・8日合併号)は宗教に焦点を当てて世界の動向を探った。「宗教で読み解く世界&経済」と題された特集では、ユダヤ教、イスラム教、バチカン、米国のキリスト教福音派などを取り上げ、現在の国際情勢や経済的影響を分析した。
エコノミストは、まず宗教に造詣(ぞうけい)の深い立命館アジア太平洋大学名誉教授の出口治明氏を登場させ、歴史と宗教の捉え方を指南する。例えば、昨今のイスラエルとハマスとの戦いを挙げ、「100年単位でみれば、確かに『対立ばかりの歴史』かもしれないが、1000年単位で俯瞰(ふかん)すれば景色は異なる」と指摘、そして「オスマン帝国が崩壊するまでの過去1000年以上にわたって各宗教が共存できたのであれば、その状態をもう一度取り戻すことも可能ではないかと僕は考えている」と希望的な見方を示す。さらに宗教を学ぶ意義については「政治や社会では宗教を知らなくては理解できない問題もある。宗教を学ぶことは、ビジネスだけでなく、もっと深い人間形成に役立つはずだ」と語る。
もっとも同誌は、現在、戦いが続いているガザ紛争について論じているのだが、「現時点でイスラエルにパレスチナとの2国間共存を目指す選択肢は消えつつある。そして、この地での戦争は終わることはないだろう」(福富満久・一橋大学大学院教授)と悲観的に結論付ける。
イスラエル民族のアイデンティティーはユダヤ教に由来する。ユダヤ人の先祖で古代エジプトの奴隷であったヘブライ民族が預言者モーゼによって、エジプトから解放され、神が与えた約束の地カナンを目指すというストーリーがユダヤ教(旧約聖書)の中にある。
イスラエルにとって現在のパレスチナこそ「神がユダヤ民族に与えた約束の地カナン」であり、3000年間も流浪して、ようやく1948年に建国できたのは「神の約束が果たされた祝福」となる。当然、イスラエルは入植地拡大を目論(もくろ)み、パレスチナは抵抗する。そういう視点からすれば、戦争は終わらないというのである。
正教会同士の争いも
一方、ロシア・ウクライナ戦争に目を転じれば、ロシアのウクライナ侵攻は単にロシアと西側諸国との地政学的な側面だけでなく、その根底には、宗教的な問題があると同誌は説く。キリスト教史では、古代ローマが「第1のローマ」を指し、ローマ教皇が宗教的権威を有した。ローマ帝国が滅んだ後は東ローマ帝国いわゆるビザンツにあるコンスタンチノープルが東方正教会の中心となり「第2のローマ」を標榜(ひょうぼう)する。
そしてビザンツなき後、キーウ(キエフ)を経て、ロシア正教会が「第3のローマ」にならんと野心を抱く。ウクライナ正教会は長くロシア正教会に従属していたが、2019年にロシア正教会から独立を果たす。「ロシア正教会にとってウクライナ正教会を失うことは国の起源でもあるキーウを失うとともに、宗教的な権威が失墜することにつながる。こうした宗教的背景もあり、ロシア正教会のキリル総主教はウクライナ侵攻を支持する」(下斗米(しもとまい)伸夫・法政大学名誉教授)というのだ。
宗教が経済にも影響
宗教に疎い日本人は、宗教と政治の関わりを嫌い、目を背ける傾向にあるが、世界の国々はむしろ、宗教を背景にして生活を営み、政治を動かしている。それは当然経済にも影響を及ぼす。中東を舞台に戦争が起これば、それは即、原油価格が乱高下していく。ロシア・ウクライナ戦争では穀物価格が上昇した。米国トランプ大統領の政策にはキリスト教福音派の影響が強いことは明白である。こうしてみると、世界情勢を分析するには宗教への教養と理解がなければ読み解くことができないというのは極めて当たり前のことと言える。
(湯朝 肇)






