早くも新政権危機説
ドイツでメルツ政権が発足して24日で79日目だ。新政権に対する最初の評価を下す節目は通常「100日目」だ。メルツ新政権を旅客機に例えるならば、滑走路へ移動して、離陸推力を設定、そして加速し、機首上げ(ローテーション)に入ってきた矢先と言えるが、独メディアからは既に「メルツ政権、危うし」が飛び交っている。
メルツ政権の前のショルツ政権は社会民主党(SPD)、緑の党、そして自由民主党(FDP)のドイツ政界初の3党連立政権だった。政治信条が異なる3党の政権は発足当初から衝突、対立を繰り返してきた。最終的には、FDPがショルツ政権から離脱することで3党連立政権は任期4年間を全うできずに崩壊した。一方、メルツ政権は5月6日に政権発足したばかりだ。新政権への評価を下すのにはまだ早過ぎるが、「新政権危機説」が囁(ささや)かれているのだ。
メルツ新政権が安定政権からは程遠い状況下にあることは間違いないだろう。メルツ氏は連邦議会での首相指名選挙で1回目の投票では落選し、2回目でようやく念願の首相に就任するという異例のスタートを切った。1回目の落選の主因は政権パートナーSPDの18人の議員が、連立協定(144ページ)の合意にもかかわらず、メルツ氏に票を投じなかったからだ。
SPD内で、メルツ首相の与党「キリスト教民主・社会同盟」(CDU/CSU)の移民政策、国防政策、そして社会関連政策に反発する左派グループが強いことは周知の事実だ。
土壇場で選挙中止に
そこにメルツ政権の連立の土台を震撼(しんかん)させる事件が起きた。連邦議会で11日、憲法裁判所の3人の裁判官の選挙が実施される予定だったが、SPDが指名した弁護士、フラウケ・ブロジウス=ゲルスドルフ氏に対して、CDU内から「同弁護士は中絶問題でリベラル過ぎる」という声が持ち上がり、裁判官選挙が土壇場で中止されるというハプニングが起きたのだ。
ドイツ民間放送ニュース専門局NTVは「与党は憲法裁判所裁判官選挙で敗北し、自らの恥をさらした」と報じている。SPD内から「連立内で決定していたことに反対することは許されない」というメルツ首相の与党CDUへの批判の声が上がったのは当然だ。
南ドイツ新聞は14日、「現在連邦政府の最も手強い敵は自身だ」という見出しで、「連立政権の統治は、実際には全く悪くない。しかし残念なことに、憲法裁判所の裁判官選挙の失敗が示すように、連立政権は自らの雰囲気を台無しにすることに長(た)けている」と皮肉っぽく述べている。
ドイツの代表的週刊誌「シュピーゲル」電子版は、「メルツ首相はこのような大失態を二度と起こすことはできない」と指摘し、「判事選挙を巡る混乱は、CDUの院内総務イェンス・シュパーン氏が頼りにならないことを明らかにした。首相自身も今後、国民を説得する努力を重ねる必要があるだろう」と述べている。
SPDのクリングバイル党首は、「ビルト日曜版」で、党擁立の候補者の支持を強調し、連邦議会で判事選挙の早急な実施を要求しているが、CDUの政治家たちはブロジウス=ゲルスドルフ氏の候補辞退を求めている(憲法裁判所の判事選挙は9月に実施される予定)。
「移民」でも政策相違
ちなみにメルツ政権は、不法移民対策の強化を看板政策に掲げている。ただし、CSUドブリント内相主導の移民施策に対し、ドイツ政府の難民担当委員であるナタリー・パウリク氏(SPD)は「われわれは統制と秩序を求めているが、移民阻止の強化は求めていない」と、内相の移民政策を批判している、といった具合だ。判事選挙だけではなく、移民問題でもメルツ首相のCDU/CSUとSPDの間では政策の相違がある。両党の対立が激化すれば、連立政権を吹っ飛ばすかもしれない。ドイツのメディアはメルツ政権が突然崩壊しても決して驚かないだろう。
メルツ首相は13日、ドイツ公共放送ARDとの慣例の「サマー・インタビュー」で、政権の危機という情報を否定し、SPDとの連立政権は「仕事内閣だ」と強調し、意見の相違は織り込み済みと述べ、政権運営に自信を見せている。
(小川 敏)





