生保の正常化のため
「安倍が憎けりゃ、生活保護費是正まで憎い」といったところか。安倍晋三政権下の2013~15年に国が生活保護基準額を引き下げたのは違法だとして、受給者らが減額処分取り消しなどを求めた訴訟で、最高裁は国の対応を「違法」と判断し、処分を取り消した。これを左派紙は「『いのちのとりで』守られた」(毎日6月28日付)などとお祭り騒ぎで報じている。
ところが、妙なことに各紙そろって基準額引き下げの背景を語らない。朝日社説は「そもそも削減の背景には、当時の自民党が政権復帰する際、『給付水準の原則1割カット』を掲げたことがある」(28日付)と「背景」を書くが、なぜ自民党がその公約を掲げたのか、本当の意味の「背景」には沈黙している。それで代わりに書いておきたい。
事の発端は08年のリーマン・ショックによる物価や賃金の下落で、国民の生活保護に対する目が厳しくなったことだ。10年度の不正受給が約2万5000件あり、金額は128億円に上り、生活保護を受けるために偽装離婚したり、年収1億円もあるのに生活保護を受けていたりするなど悪質な事例が相次いだ。年収5000万円の人気お笑い芸人の母親が生活保護を受けていると報じられ、「生保天国」とさえ呼ばれた。
大分県別府市では受給者数が市民1千人当たり約32人で、県平均(約17人)の2倍近くと突出し(13年度)、その中には少なからずギャンブル依存症がいた。市職員が市内のパチンコ店などを巡回し受給者25人を指導していた。こうした報道を受け自民党は12年総選挙で「1割カット」を公約に掲げた。弱者いじめでも何でもなく、生保の正常化を図るためだ。
「命脅かす」は大げさ
これに対して共産党系弁護士らが減額は「健康で文化的な生活水準」を保障する憲法25条に違反するとして集団訴訟を起こし、「生存権裁判」「いのちのとりで裁判」と称した。裁判で争われたのは、物価の下落を根拠とした生活保護基準引き下げ(デフレ調整)と、低所得世帯との格差を是正する措置(ゆがみ調整)の2点で、最高裁判決はデフレ調整について厚生労働省の専門部会による検討を経ていないとして「違法」とし、ゆがみ調整は専門的知見との整合性があるとして合法とした。保護費は従来、消費水準の変動を保護費に反映させる水準均衡方式に基づき算定されていたので齟齬(そご)があった。
では、デフレ調整による引き下げは「いのち」を脅かしたか。朝日28日付が「孫への100円貯金、葬儀参列諦めた」との見出しで書く原告代表の80歳女性は、年金と生活保護費を合わせた金額は月11万円余りで、家賃は4万5千円、残りが生活費(6万5千円)。「お風呂は3日に1回…、晩御飯がしょうゆやからしをつけた豆腐一つという日もある」とし、引き下げがなければ数千円多かったはずだというが、独居で1カ月の生活費がこの額なら、少なくとも命を脅かされるレベルの話ではない。
毎日28日付が取り上げる原告の71歳男性は、家賃を含めて月額13万円ほどが支給されているが、月々の支給額は2650円少なくなったという。それで交通費や飲食費を気にして外出が減り、「冬でも入浴せずにシャワーで済ませ、それも週1回だけ」と前述の女性と同じような話をする。これも命を脅かされる内容ではない(実際、亡くなった人の話は聞かない)。
被保護者にも「義務」
想起したいのは生活保護法が「生活上の義務」を課していることだ。「被保護者は、常に、能力に応じて勤労に励み、自ら、健康の保持及び増進に努め、収入、支出その他生計の状況を適切に把握するとともに支出の節約を図り、その他生活の維持及び向上に努めなければならない」(第60条)。これは国民の税金を頂戴する者の義務である。それにもかかわらず左派紙が騒ぎ立てるのは共産党のプロパガンダに乗せられているからだろう。
(増 記代司)