ガザ戦闘を強く批判
ドイツのメルツ首相は5月26日、ベルリンで開催されたドイツ公共放送「西部ドイツ放送」(WDR)主催の「ヨーロッパフォーラム」で、イスラエルのガザでの行動について、「ガザの民間人の苦しみはもはやハマスのテロとの戦いという理由で正当化されることはない」と強調し、「イスラエル政府は最良の友人でさえも受け入れることができなくなるようなことをしてはならない」と、イスラエルのガザ戦闘を厳しく批判した。
ドイツでは過去、個々の政治家がイスラエルを批判することがあっても、政府レベル、首相が公の場でイスラエル政府を非難することはなかった。ドイツではイスラエルに対して無条件で支援するという国家理念があって、それがドイツの国是となってきた。両国関係にはドイツのナチス政権のユダヤ人虐殺、ホロコーストの記憶が深く刻み込まれている。ドイツは戦後、ナチス時代の戦争犯罪、蛮行に対してイスラエル側に謝罪を繰り返す一方、アラブ諸国に取り囲まれたイスラエルに対してほぼ無条件に支援してきた経緯がある。
ちなみに、メルケル元首相は2008年、イスラエル議会(クネセト)で演説し、「イスラエルの存在と安全はドイツの国是だ。ホロコーストの教訓はイスラエルの安全を保障することを意味する」と語った。メルケル氏の“国是”発言がその後、ドイツの政治家の間で定着していった。
ドイツとイスラエル両国は今年、外交関係を樹立して60周年を迎えた。イスラエルのヘルツォーク大統領とドイツのシュタインマイヤー大統領は相手国を交互に訪問して、60周年を祝ったばかりだ。
「複雑な友人」と表現
その国是がここにきて揺れ出してきたのだ。独週刊誌シュピーゲル(25年5月17日号)は「ドイツ・イスラエル両国関係でニー・ヴィーダー(2度としない)をモットーとした国家理念は次第に疎遠となってきた。両国関係を国是以外に定義できなかった時代は終わろうとしている」と論じているのだ。
同誌は「複雑な友人」というタイトルの特集記事を掲載し、ホロコーストの戦争犯罪はドイツにとってどのような意味があるのか、ドイツはイスラエル、ユダヤ民族に責任があるのか、といった疑問を提示しながら、「ガザ紛争はそのドイツ・イスラエル両国関係の再考を促してきた」というのだ。
メルツ首相は今回、「ドイツは引き続きイスラエルの側にしっかりと立っており、歴史的な理由から今後も世界のどの国よりも、イスラエルに対する公的な批判を自制しなければならない国だが、ハマスのテロとの戦いでは民間人の苦しみを正当化することはできない」と指摘したのだ。
23年10月7日のハマスの奇襲テロ後、イスラエル軍はパレスチナ自治区でハマス壊滅に乗り出し、軍事報復を展開。ハマス指導部が次々と殺害され、ガザ区はほぼ完全に破壊されたが、イスラエルのネタニヤフ首相はガザ区への軍事攻撃を継続する一方、パレスチナ住民への食糧支援を3月2日、ストップしたことから多くの犠牲者が出てきた。同時に、国際社会からイスラエル批判の声が高まってきた。
現政府と国家を区別
メルツ首相のイスラエル批判は首相個人の突出した発言ではない。イスラエルのガザ地区での行動を踏まえ、ドイツで静かだが、対イスラエル政策の再考が求められてきた。例えば、ドイツの反ユダヤ主義担当委員であるフェリックス・クライン氏は、「イスラエルと世界中のユダヤ人の安全を守るために、私たちは全力を尽くさなければならないが、パレスチナ人を飢えさせ、人道状況を意図的に劇的に悪化させることは、イスラエルの存在権を確保することとは何の関係もない」と述べている。同氏によれば、イスラエルの「現政府」とユダヤ民族の国家「イスラエル」を区別する必要があるというわけだ。
戦後80年、ドイツ・イスラエル外交関係60周年を迎えた今日、両国関係の再考の動きが出てくるのは当然かもしれない。なお、ドイツのワデフル外相は6月5日、首都ベルリンでイスラエルのギドン・ザール外相と記者会見し、パレスチナの国家承認について、今承認すれば「誤ったシグナル」を送ることになると、慎重な立場を明らかにしている。(小川 敏)