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中国の規制論理破綻
2023年8月に始まった東京電力福島第1原発の処理水海洋放出に伴い全面停止していた日本産水産物の対中輸出が再開への合意にたどり着いた。ただ福島や茨城など10都県については引き続き対象外のままだ。
さっそく産経の社説・主張(6月1日付)「水産物輸出再開へ 中国は不当な規制全廃を」や読売の社説(同3日付)「水産物輸出へ なぜまだ全面解除でないのか」は早期の全面的規制撤廃を求めた。
一方、朝日は社説(同3日付)「中国禁輸解除へ まだ落着とはいえない」で、1年9カ月といったこれほど時間を要した理由として「中国政府は処理水を『汚染水』と呼び、メディアで日本を問題視する主張を浸透させる一方、日本側の見解は伝えなかった。食の安全への敏感さも手伝い、当初は中国発の嫌がらせ電話が日本各地にかかり、日本非難がSNSで広がった。こうして強まった日本への警戒感に中国政府自身が縛られ、軌道修正が難しくなっていたのではないか」と分析したが、善意に満ちた見解で脇が甘い。
産経の同主張では「そもそも処理水を『核汚染水』と呼んだ中国の主張は科学的根拠に基づかない言いがかりである」ときっぱり切り捨てている。
これまで中国は「太平洋は日本が汚染水を捨てる下水溝ではない」といった処理水を汚染水と決め打ちしたプロパガンダを繰り返し、国民を扇動してきた。だが、処理水放出は、国際原子力機関(IAEA)などが安全性を認めている。そのIAEAの現場検査に中国人技師も立ち会ってのことだ。また中国漁船も日本近海で操業しており、日本漁船と同じ漁場で取った中国漁船の魚が中国では規制対象になっていない。これだけみても明らかにダブルスタンダードで、中国の論理は破綻している。
むしろ中国がここにきて方向転換を図ったのは、トランプ米政権との関税交渉で厳しい立場に立たされている中国が、日本への融和外交を進めることで日米同盟に楔(くさび)を打ち込むと同時に、日本の資本と技術を呼び込んで不動産バブルが弾(はじ)け低迷する中国経済を立て直すカードとしたい意向があったからだろう。
中国の挑発変わらず
その中国にしても、5月には沖縄県の尖閣諸島周辺で領海に侵入した中国海警船から飛んだヘリが初めて領空侵犯するなど、尖閣の領有権を巡る挑発的態度は不変なままだ。また、広東省での日本人男児の刺殺事件や不透明な邦人拘束など駐在員や家族、旅行者の安全と安心が担保されない治安と強権体質の問題が解消されていないままだ。
こうした現実から、産経同主張は「対中警戒は解けまい」とした上で「中国の禁輸に伴い、日本では中国以外の輸出先を開拓する動きが進んだ。輸出が再開されても中国の政治リスクが減じるわけではない。水産業界は、輸出先の多様化を図る取り組みを引き続き強めるべきである」と総括した。
また読売同社説は「尖閣や日本の海域が、あたかも自国のものであるかのような中国の主張は許し難い。既成事実を積み重ねて実効支配を強める狙いがあるのだろう。政府は中国側の言い分を黙認してはならない」とし「中国の台頭により、米国だけでアジアの安全を守るのは難しくなっている。日本は、多国間で地域の平和と安定を守る協力態勢の構築に力を尽くす必要がある」と安全保障問題に焦点を当てている。
安全保障にこそ言及を
一方、朝日の同社説は「ホタテ業者などは中国以外の国々への輸出を増やす努力をしてきた。ところが今度は米国が関税を引き上げている。(略)自由貿易が当たり前でなくなった今、水産業の苦悩を我が事として考えたい」と結んだ。朝日の主張は間違ってはいない。ただ読者の視線をそこに向けて、島国日本にとって死活問題である海洋の安全保障をどう守るかといった、大きな問題から目をそらさせている。論説である以上、核心問題にこそ言及すべきだろう。(池永達夫)