政府主導の企業始動
1980年代後半、わが国の半導体は世界シェアの半分近くを占め、まさに“産業のコメ”として日本経済を牽引(けんいん)していた。しかしながら、その後の米国からの圧力や見通しの甘さから、その座を韓国、台湾に明け渡し、後塵(こうじん)を拝する形となっている。ところが近年の世界的なサプライチェーンの脆弱(ぜいじゃく)性が露呈され、産業の骨格を作るといわれる半導体を自国で供給することが必須な状況。
その一方で、米国ではトランプ大統領が就任し、「米国第一」を掲げて自由貿易に水を差す政策を矢継ぎ早に打ち出す。折しも、北海道では政府主導の半導体企業「ラピダス」がスタートし、2027年より先端次世代半導体の量産化を目指す。
そんな中で、週刊東洋経済(5月10・17日合併号)が「半導体異変」をテーマに特集を組んだ。世界貿易戦争が激化する中で現在、好況を呈する半導体市場に起こっている状況を分析している。
この30年間を見ると、世界の半導体の市場規模は増加の一途を辿(たど)った。世界半導体市場統計によれば、1999年に1494億㌦だったのが、2010年には2973億㌦、20年には4404億㌦と20年間で3倍の規模に膨らみ、24年には6600億㌦を超える。その一方で、わが国の半導体市場規模は、この30年間は横ばいで推移し、24年は474億㌦で世界シェアの7・6%を占めるにとどまっている。
かつて世界シェアの半分近くを占めていた日本がなぜ振るわなくなったかは別にして、近年、世界の半導体市場を牽引しているのが人工知能(AI)用半導体。大量の計算やデータ処理が可能で、生成AIなどに使われるAI半導体への需要は今後も拡大するといわれている。中でもこの分野では米国半導体企業のエヌビディアが独占的に強く、その株式時価総額は今年1月時点で3・6兆㌦(520兆円)を突破し過去最高を更新したという。
総合力をつける中国
もっとも、こうした好況の世界の半導体市場にも“異変”が見えるというのが東洋経済の主張である。その一つが、トランプ大統領が打ち出した保護主義的な追加関税。「半導体への個別関税は秒読みになっている。仮に半導体に対して25%が課税された場合、多くの国のGDPを押し下げる要因となる」とし、「世界全体で自動車・自動車部品への追加関税が与える影響と同程度になると予測される」と指摘する。
さらに、もう一つの異変がAI投資に対するバブルへの懸念。「(AIワークロードに必要な)データセンターへの投資が過剰になっている」「現在のAIブームが1990年代末のドットコムバブルと類似している」といった指摘を紹介。
加えて、近年の中国の動きも挙げる。米国の対中輸出規制に対して、自国完結のサプライチェーンの構築が進んでいるというのだ。2015年に習近平国家主席は中国建国100年を迎える49年までに製造大国の地位を確立し製造強国のトップとなることを掲げ、具体的な長期計画を立てていった。
その一つが「中国製造2025」であり、個別の品目として25年までに半導体の自給率を70%まで引き上げるという目標を立てていた。まさに現在の状況を予測していたかのようだが、「習指導部がハイテク摩擦で米政府に一歩も引かない背後で、中国の産業界は『最先端IC封じ』をかわす総合力をつけつつある」(山田周平・桜美林大学大学院特任教授)という。
不可欠の自国半導体
日本政府も経済安全保障という観点から、ようやく本腰を入れ始めたというところ。サプライチェーンを構築する上で自国半導体の供給は不可欠。北海道に拠点を置いたラピダスについて、小柴優一・ボストンコンサルティンググループ・マネージングディレクターは、台湾有事、朝鮮半島有事のリスクが高まる中で「政府が国策として次世代メモリー産業の育成に取り組めば、日本は独自のポジションを築けるだろう」とは説く。ただ、ラピダスの先端次世代半導体の量産化計画も始まったばかりだが、時間が限られていることも事実なのである。(湯朝 肇)