トップオピニオンメディアウォッチグラスノチスを始めたバチカン、教皇の健康状態を毎日詳細に公表

グラスノチスを始めたバチカン、教皇の健康状態を毎日詳細に公表

先月14日から入院中

世界に約14億人の信者を有する最大のキリスト教派、ローマ・カトリック教会の最高指導者、フランシスコ教皇は先月14日以来、ローマのジェメッリ総合病院に入院中だ。88歳のフランシスコ教皇の病状は、入院当初は気管支炎といわれたが、その後、両肺に炎症が広がっていることが分かった。22日夜は、教皇の容体が悪化し、一時期、持続性喘息(ぜんそく)性呼吸危機の症状となり、酸素吸入が行われ、血液検査で血小板減少症と診断され、輸血が必要となった。その後容体は少し改善、呼吸困難は治まった。軽度の腎不全は心配はない。フランシスコ教皇は25日、静かな夜を過ごした。

上記の書き出しを読んで不思議に思われた読者がいるかもしれない。ローマ教皇の入院後の症状をどうして分かるのか、という疑問だ。患者の症状について医者は患者と家族以外には他言できない守秘義務がある。ましてやローマ教皇の症状だ。にもかかわらず、バチカンから日々、詳細なフランシスコ教皇の病状がお茶の間に届くのだ。

オーストリア国営放送(ORF)は宗教欄でバチカンのグラスノチス(情報公開)について説明している。曰(いわ)く「バチカンは、教皇の健康状態に関してこれまでになく透明性をもって対応している。教皇がジェメッリ病院に入院して以来、バチカン報道局は1日2回、教皇の症状に関する情報を公表している。これは前例のないことだ」というのだ。実際、毎朝8時から9時の間と、夕方19時ごろに、通信社やジャーナリストたちは教皇の最新の健康状態について知らされる。

バチカンは昔から「秘密の宝庫」と言われてきた。外部の世界に伝わってくる情報はほんの一部にすぎず、多くは公開されずにバチカン図書館に静かな眠りに就く、というのが通常だった。ローマ教皇の健康状況は守秘義務に属するから、担当医は絶対に口外しない。例えば、ヨハネ・パウロ2世(1978~2005年)は、長年震えながら公の場に姿を見せていたが、バチカンが同2世のパーキンソン病を公表したのは03年になってからだ。

それだけではない。バチカンには無数の外交機密が保管されている。ナチス・ヒトラー時代の詳細なバチカン外交活動は長い間、極秘扱いされてきた。

フェイク情報を防ぐ

ところが、フランシスコ教皇はバチカンの情報政策を変えたのだ。バチカンのグラスノチスはフランシスコ教皇自身が命じたという。同教皇を診察しているローマ・ジェメッリ病院の医師セルジオ・アルフィエリ氏は、2月21日の記者会見で、教皇自身が健康状態の情報を毎日公表するよう命じたと明らかにしている。

なぜ、フランシスコ教皇は自身の病状について公表するように命じたのだろうか。どうやらフェイクニュースを防ぐためのようだ。教皇が入院した直後、インターネット上では「終油の秘跡(臨終の儀式)を受けた」「すでに死亡した」といった噂(うわさ)が広がった。さらに人工知能(AI)によって生成された偽の画像が拡散され、教皇が人工呼吸器を装着しているように見える写真が出回ったのだ。バチカンはフェイク情報の洪水に圧倒されたのだ。

自分が既に亡くなったというニュースを知ったフランシスコ教皇は驚くとともに、バチカンの情報管理について再考せざるを得なくなったはずだ。だから、ジェメッリ病院の医師たちに「教皇は自発呼吸をしており、必要に応じて鼻に小さなチューブを挿入し酸素供給を受けている」などと、“まだ生きている証明”を報告させてきたわけだ。

張り込み取材不要に

イタリアのバチカン・ウオッチャーは寒い夜、病院周囲を張り込むといった取材活動は必要なくなった。ただ、特ダネを狙うジャーナリストたちは一抹の寂しさを感じているかもしれない。

いずれにしても、バチカンの情報公開が一過性の現象か、これからも継続される本格的な情報公開の夜明けを告げるものか、バチカンの今後の動向を楽しみに注視したい。(小川 敏)

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