中国が情報抜き取り
烏(からす)の鳴かない日はあっても、生成AI(人工知能)が語られない日も紙面に刻まれない日もない。猫も杓子(しゃくし)も口を開けば、「AI、AI」のご時世となった。
とりわけ中国の新興企業ディープシークが発表した、低価格、高機能とされるAIが衝撃的波紋を広げている。性能は米オープンAIの「チャットGPT」に匹敵し、開発費は10分の1以下という触れ込みだ。
早速、産経が5日付主張「ディープシーク 全体主義のAIに警戒を」で注意を喚起した。
同社説で「中国は共産党が支配する全体主義国家であり、思想統制されている。国家情報法によって中国の企業や国民に情報活動への協力も義務付けられており、利用することで中国側に情報が抜き取られる懸念があるためだ」と指摘。さらに、自民党の小野寺五典政務調査会長は衆院予算委員会で、尖閣諸島は「日本の領土か」とディープシークのAIに尋ねると、「『中国固有の領土だ』と事実と違う答えが返ってきた」と自身が試したやりとりを紹介したことを例に挙げ、「中国共産党政権に不都合な真実を隠し、事実とは異なる見解を広げるためにディープシークのAIが利用されかねない」と警鐘を鳴らした。
党の独裁維持が狙い
ところがゆっくり考える時間があったはずの東京は13日付社説「米中AI開発 覇権でなく協業を競え」で、米国など西側諸国から半導体の輸出規制を受けている中国は「創意工夫で生成AIの開発を加速させているようだ」とし「開発競争は技術の進歩には望ましいとしても、覇権争いの道具としてはならない。
米中は各国とも協業し、暮らしと産業の重要インフラとして育てるべきだ」と大地に足が付いていない理想論を展開。その上で「各国はAI技術の軍事利用やデータ流出への警戒を怠らず、暮らしや社会、経済を向上させるための平和利用を促進すべきである」と総括した。
そもそも中国で警戒すべきは、体制や法そのものが個人情報を尊重するものではなく、共産党独裁政権を維持するために個人情報を吸い上げるシステムになっているだけでなく、昨年5月に施行された改正国家秘密保護法や一昨年施行された改正反スパイ法などで「国家安全」を盾にした個人または組織の政府への通報義務を明記するほど厳しい鉄の掟(おきて)のある国柄であることだ。
その体制の基本的違いを飛び越えて、ただ協業のエンジンを吹かし「経済向上の平和利用促進」の道の行き着く先には大きな落とし穴が潜んでいるのは言わずもがなの事柄だ。 だからこそ、豪州や台湾が政府端末での使用を禁止、韓国が新規ダウンロードを停止、イタリア政府がアクセスを制限した。
中国の法律は生成AIに「社会主義の核心的価値観堅持」を要求するとともに、国家の安全や利益を損なう内容の生成を禁じている。
それゆえに文化大革命だとか1989年の天安門事件といった政府にとって都合の悪い問題を尋ねると「その問題には回答できません。話題を変えましょう」といった返答が返ってくる。
世界覇権の野望持つ
中国製AIは真実か事実とかではなく、国家の利益や安全というバイアスがかかっている。これでは多くの質問で優れた回答を期待できても、一つの質問で足をすくわれることも起き得るということだ。99%の水が真水であっても、1%の毒が混ざっていれば毒水となる。そんな水は飲めたものではない。
AIは能力の高さから、安全保障を含め社会を一変させる可能性を秘めている。それだけに設計思想や運用を巡って高い規範が求められる。その規範を共有する努力は怠ってはならないが、共有できない国とは、はっきりとした線引きこそが求められる。
ディープシークの新AI問題は、あわよくば米国に取って代わろうという世界覇権の野心を持つ中国の製品という点に尽きる。
(池永達夫)






