
存在感発揮する好機
石破茂首相は9日から4日間、東南アジアのマレーシアとインドネシアを訪問。多国間の国際会議を除くと初めての外遊として、東南アジア諸国連合(ASEAN)の主要2国を選び、「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」の実現や、グローバル・サウスとの連携強化のため両国と安全保障、経済安保の分野で緊密な関係構築の重要性を確認した。
日経社説(13日)は「マレーシアは今年のASEAN議長国、インドネシアは域内唯一の20カ国・地域(G20)メンバーで、訪問先として妥当な選択だった」と書いた上で「ASEANの対中依存の懸念は一段と高まっている。米国との橋渡し役を担いつつ、中国と一線を画した協力の選択肢を提供する点でも、日本は独自の存在感を発揮していきたい」と総括した。
また、朝日社説(15日)は「(トランプ政権は)1期目以降、米国のASEANへの関心の薄さが指摘される。トランプ氏の関税強化の方針に不安も広がる。ASEANが期待する米国との橋渡し役を日本が果たせれば、それは日本自身の利益にもかなうだろう」と書いた。他の大手紙も、ほぼ似たような論調が目立った。
いずれも通り一遍で詰めが甘い。一言で言えば「隔靴掻痒(かっかそうよう)だ」。現在、懸念されているのは従来、米中両天秤(てんびん)と思われていたASEANが中国に傾きかけていることだ。
新興国グループのBRICS議長国であるブラジルは6日、インドネシアが正式加盟したことを明らかにした。ジョコ前大統領まではBRICS首脳会議にオブザーバー参加はしても、米国との兼ね合いから加盟申請までは踏み込むことをしなかった。だが昨年、新大統領に就任したプラボウォ氏はインドネシアの伝統的外交路線である非同盟主義をも覆して中国に秋波(しゅうは)を送っている。プラボウォ氏の最初の外遊先も中国だった。
中国寄り回避目指す
反米を共通項とする中露、ブラジルが主導するBRICSは、反米路線に傾斜しやすい素地を持つ。そのBRICSにインドネシアは正式加盟を果たし、タイとマレーシアは昨年、加盟申請を出した。
ASEAN10カ国の有識者らを対象にした昨年の年次調査では、対立する米中のいずれかと同盟を結ぶことをASEANから迫られた場合、中国を選ぶべきだとの回答が20年の質問設定以後初めて、米国を上回った。
こうした大勢を俯瞰(ふかん)した上で日本が打ち出すべき外交路線は、日米豪印戦略対話(QUAD)の中にASEANを取り込んでいく努力だろう。石破茂首相は持論であるアジア版北大西洋条約機構(NATO)論を持ち出すことはしなかった。アジア版NATOがよって立つ国々の実情を反映していない砂上の楼閣(ろうかく)である以上、現実問題の解決を迫られる政治家が言うべきものではない。そのことを理解した石破氏は聡明ではある。だが、それに代わるポジティブな提案がなかったことは政治家としての知恵に欠け、大政治家としての資質に疑問符が付く。
中国に安保情報流出
中国の強みは、GDPで世界第2位の経済大国というだけでなく、武器輸出を国家戦略として行使している点にある。ミャンマーには大量の武器が輸出され軍事政権を支えている。カンボジアでは海軍基地建設を請け負っている。米国の同盟国であるタイにさえ、中国製潜水艦の売却に成功している。インドネシアに対しても、中国はフリゲート艦や潜水艦売却を計画しているとされる。とりわけ潜水艦売却で中国が得られるのは金銭的利益だけではない。売却先の国の領海内の海底地図および潮流など、中国人民解放軍に流出するのは時間の問題だ。こうして中国は政治的影響力を強める梃子(てこ)にできるのだ。
わが国は、こうした地域の覇権構築に余念がない中国に対し、対抗軸を出していく必要に迫られている。この点を言わない大手紙の論説室は、正月のお神酒の酔い、夢から覚めていない。
(池永達夫)